三章 苺タルト

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◇◆◇◆ 「ほんとだって、今から撮影。なんなら後で佐久間通政との写メ送るから。な、信じろって。……うん、うん。はいはーい。じゃあねー」  男はスマホをソファに軽く投げると、ソファに横になった。 「はぁーだっる。やっぱあいつ切ろうかなぁー。なあ、佐久間は彼女いんの?」  何回か撮影であったことがあるやつが馴れ馴れしく話しかけてくる。以前俺が受けたオーディションでグランプリになった奴だ。あの日から先輩面で来られて正直面倒だ。 「いるが?」  さっさとどっかに行ってくれ。 メイクさんに顔のマッサージをされているため、俺が移動することはできない。 しょうがなく、顔をあまり動かさないようにして答えた。 すると男は何故か声のトーンが上がって起き上がると、こちらを鏡越しに見てきた。 「デートする時間とかねーだろ。『浮気してる!』とか面倒なことなんも言わねーの?」 「言われたことないな」 「へえーすげえな。そんな頻繁に会ってんの?」 「さあ。前に顔を見たのは一ヵ月前だな」  起きている顔はな、と心の中で付け加える。忙しいのはこの短期間だけだと事務所にも言われているし椿にも伝えてある。理解してくれている。 「まじかよ。会ってキスの一つでもしとかねえと逃げられるぞ」  なんでお前にそんなことを言われなきゃならない。椿は大丈夫だと今までの自分の考えを肯定するが、もやもやした感情が胸に蔓延りだす。  メイクさんに眉間に寄った皺をオイルの付いた手で伸ばされた。 「参考にする」 「うわぁ。絶対に思ってない。まあ時の人、佐久間通政なら女が逃がさないか」 『撮影はじまりまーす』  元から開いていたドアの間から撮影班のスタッフが顔を出す。 「はいよー」 「わかった」  顔についたオイルを丁寧に拭き取られていく。ようやくこいつから解放される。 『終了です。お疲れ様でしたー』 「お疲れ様でした」  四方のスタッフに深々とお辞儀をする。自分は愛想がないからこれだけはやっておけとマネージャーに言われた。これだけで自分の短所がカバーできるならと続けている。 「佐久間くん」 「どうした?」 「この後打ち上げをやるから出てくれないかな。次の仕事に繋がりそうなんだ」 「はぁ」  またか。どうしてこうも知らないやつの集まりで飲みたがるのか到底理解できなかった。 しかし、これも後少しだと自分に言い聞かせる。  あと一ヶ月も働けば二人が三年は働かずに暮らせる金が手に入る。そしたらあっちに戻ることにだけ集中できる。
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