三章 苺タルト

6/10
前へ
/104ページ
次へ
「「「「かんぱーい!」」」」  高級焼肉屋を一棟丸ごと貸し切って乾杯の音頭をとっていた。 俺も控えめに言って近くの人とグラスを合わせる。 長いテーブルの短辺の特等席に一人で座る男がジョッキを飲み干していた。あれが今日の長か。目立たないように過ごして頃合いを見て帰ろう。  椿の寝顔だけ見るのもそろそろ限界だ。あの綺麗な肌、くちびるに触れたい。俺の手で彼女をぐずぐずに蕩けさせたい。 「おっ! ミッチーも来てんじゃん」  またコイツか。コイツとは何度も飲みの席で一緒になったからわかる。酒に弱い。コイツと適当に話して潰れたタイミングで姿を消そう。 「佐久間くん」  小声で呼ばれて振り返るとマネージャーが俺に耳打ちをしてきた。 「美粧の部長が話さなないかって。行ってきて」  美粧は最近メンズ用スキンケアの商品が人気の化粧品会社だ。今日撮影前に付けられたオイルもその会社だったっけか。マネージャーが目配せをしてその男の居場所を告げる。目線を辿ると今日の長が座っている席だった。 「行ってくる」  席を立つ俺を支えにしてアイドルもどきが立った。 「俺も行く!」 「えっ、ああ、うん。行ってきて」  マネージャーは戸惑いながらもすぐに二人の背中を押す。 同じ事務所の奴が行くんだ、どちらかが嫌われてもどちらかが好かれれば事務所の利益になる。当たり前の行動だろう。 俺にとっても好都合だ。コイツは上昇志向が強い。きっと俺の代わりに愛想を振りまいてくれる。 「初めまして、佐久間通政と申します。挨拶が遅れて申し訳ありません」 「いいよ、気にしないで。さっここ座って」 「俺もー」  男の右に俺が座り、左にはアイドルもどきが座る。アイドルもどきが酌をするのを烏龍茶を飲みながら見ていた。 「おーとっと、あれ、通政君は飲めないのかい?」 「そうで「こいつビール飲めないんですよ」  アイドルもどきは『こいつ炭酸が無理らしくてー』と男に説明する。お前に聞いてないだろうと心の中で悪態をつきながらも、誤魔化した後に事実をバラされないでよかったと安心する。 「じゃあ好きなお酒飲んだらいいよ。ちょっと」  男は部屋の隅で待機していた店員に声をかける。頼むしかなくなった。 「おすすめの日本酒を」
/104ページ

最初のコメントを投稿しよう!

208人が本棚に入れています
本棚に追加