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通政さんが身体を洗ってくれると言ってくれたが、羞恥で気を失いそうだったから自分で洗った。彼の視線が痛いほどに伝わってきたが、気づかないふりをしてなんとか気を紛らわせた。
ベッドの上に座り、目を瞑って風を浴びる。仕上げの冷風が頭皮を心地よく掠めていく。
「終わったぞ」
「ありがとうございます」
通政さんがドライヤーを折り畳むと、ベッドサイドに置いた。
「通政さんの髪乾かしますよ」
「いや、大丈夫だ。もうほとんど乾いている」
彼の短くなった髪の毛先に触れる。通政さんの綺麗な黒髪がなくなったのは何だか寂しかった。
「どうして切ったんですか?」
「事務所に切れと言われた」
仕事だと分かっていても、自分といた時は頑なに切らなかったものをこうも簡単に切られると複雑な気分になる。
「それに、椿はこの髪型、好きだろう?」
「何で知って」
清潔感のある短髪に長めの前髪を分けて後ろに流す髪型は確かに大好きだ。でも、彼の前でそんなこと言った覚えはない。
「この前行ったアウトレットで言っていただろう」
「あっ、あの店員さん」
通政さん用の秋服を探していたお店にいた店員の髪型がカッコいいと言っていた。特に意図を込めていなかったのですっかり忘れていた。そんな些細なことを覚えてくれていたなんて。
「前は切る気なかったから不思議に思っていたんです」
「周りの目を気にして切るのは嫌だったが、椿に好かれるのなら俺はいくらでも切るぞ」
特にこだわりもないしな、と付け加える通政さんに思いっきり抱きつく。
「どうした」
「愛されてるなーって」
冗談まじりに彼に笑いかける。
「そうだ。肝に銘じておけ」
頭を揺らすように撫でられて拍子抜けする。本気で言っていなかったが、肯定されるとこそばゆい。
瞳を閉じると、優しい手が私の髪を梳くように撫でる。その手が気持ちよくて、いつの間にか眠ってしまっていた。
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