1.死ねない男

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 意識が覚醒していく。そう思ったのは、個人的な感覚で随分と時間が経過してからであった。  身を包む何かが暖かく、そして柔らかい。一言に纏めれば心地よい。どこか身に覚えのある感触なのはさておき、である。 ――きて  だが、もう1度目を開くのは何だか怖い。何故だろう。理由は分からないのだが、何故だか怖いのだ。訳の分からぬ恐怖、とでも言おうか? 進んで覗きみようとは思えない。 ――い……ん。起きて!  声が聴こえる。意識がハッキリとは覚醒していないからなのか、誰のものかまでは分からない。どこか聞き覚えがある気はするが、それはきっと気のせいだ。  そう、気のせいなのだ。俺はもう……。 ――兄さん、お願いだよ! 目を覚まして! 「う、あ?」  見覚えしかない我が家の、寝室の天井。見覚えしかない顔。声。 「兄さん! 兄さん、大丈夫? 私のこと分かる?」 「おれ、は……死んだんじゃ」 「何を言うんだよ! 兄さんは生きてる! ほら、自分の心臓に手を当ててみなよ!」  ドクン。ドクン。確かに感じた、俺の心音。生を意味する命の鼓動。2度と感じたくなかった、忌まわしき音……。 「ウソだ。そんな、ウソだ。俺は確かに……」  現実を認めたくない。そうだ、俺は確かに死んだのだ。こうして俺に話しかけてくる義妹は幻覚で、届く声は幻聴で。もうすぐだ。もうすぐ俺は、地獄で目を覚ますんだ。きっとそうだ。  だって、こんな。こんな惨めな結果。ある訳がない。ないんだ。俺は失敗なんかしてない……。 「見つけるのが遅かったら助からなかったよ。兄さんが脚立を蹴り飛ばしたのが見えなかったら、今頃兄さんは死んでたさ」 「……なんで」 「え、なんでって。当たり前で『なんで助けた?』に、兄さん?」  違いない。俺は死ねなかったんだ。義妹が俺のことを助けたから、死に損ねたんだ。そう思って、俺は義妹のことを冷たく睨む。 「なんで助けたんだ、フユカ。あのまま死なせてくれなかったのはなんでだ? 余計なことをしたのはどうしてだ?」  義妹の名を呼び、改めて聞く。どうして? と。暗にふざけるなと。邪魔をしないでくれと。伝えた。何も悪くないフユカを責めた。  声を出したことで首が痛む。その痛みが俺の意識の覚醒を促し、ただ無情にも自殺の失敗を示してきた。絶望がさらに深くなり、俺は親の仇でも見るかのような目を作る。向けるはずではない相手のフユカに対して。 「答えろ。死ぬことを何故邪魔した?」 「兄さん、落ち着いて。私は兄さんに死んでほしくないから助けたんだよ。貴方には死んでほしくないんだ」 「ふざけるな。生きるのも死ぬのも本人が決めることだ。それを邪魔してまで、お前は……!」
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