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胸ぐらを掴むフユカの手を振り払う。俯いて動かないのを良いことに、俺は無理やり立ち上がってその場を去ろうとした。向かうのはどこか高い場所。どこでも良い。歩道橋でも、学校の屋上でも。頭から落ちればどこも同じだ。確実に死ねる。今度こそ、絶対に死んでやる。
まだ体の状態が悪いのか、少々フラフラする。それでも構うもんかと、俺は寝室から出ようとした。
しかし、それは叶わなかった。
「……このバカ野郎おお!」
フユカが怒鳴りながら突進し、俺を壁に叩きつけた。咄嗟の出来事に反応が間に合わず、俺は無様にも「ぐえっ」と零す。
振り払おうとするが、どこから湧いて出ているのか分からないぐらいフユカの力が強い。体格差も、年齢差もあるのに振り払えない。
困惑して何も出来ない俺へ、フユカは強烈な殴打を浴びせて来た。殴られた右頬が酷く痛む。
「じゃあ、なんで自殺が成功しなかったのかを考えてみろよ! その様子だと、昨日の夜から自殺を試みていたみたいだけど、普通ならそう何回も失敗しないよ! その理由をまずは考えろ!」
「り、ゆう? 知るか。運が悪かったんだろ。だから」
「違う、そんな簡単な話じゃない! 兄さんは目を逸らしているだけで、本当は気がついてるはずだ!」
分からない、と言うよりは分かりたくない。口にしたくな。口にしたら、後戻り出来なくなる気がしたから。
そんな俺の態度が気に食わないのだろう。フユカは握り拳を作ると、何の躊躇いもなく俺の顔面を殴った。
「アキさんが側で見てくれてるから死ねないんだよ、兄さんは! 1人ぼっちで死のうとしていれば、とっくのとうに兄さんは死んでるさ!」
「アキが……? バカを言うな。あいつはもう死んだんだぞ。死んじまったら見えも聞こえも……」
「だから何だよ。アキさんは幽霊になってでも兄さんの隣に居るような人だろうが! 目に見える物が全てじゃないんだよ。そんなこと、兄さんが1番分かってるはずだろ?」
分からない、と言えばウソになるだろう。心から分からないと考えていれば、フユカの意見をすぐさま否定していただろうから。しかし、俺はそれをしなかったのか。出来なかった。
だが、もう全てが遅いんだと俺は言いたかった。見ていたとしても、俺自身が感じられなきゃ意味がない。そう言いたい。
「……だから何だって言うんだよ。結局この世界は、目に見えて耳に聴こえる物が全てだ。たった今も隣でアキが見ていたとしても、俺には分からないし感じられない。それじゃあ意味がないんだよ」
「この、分からず屋が……!」
「なら教えろ! 俺が生きなきゃいけない理由を! 生き甲斐も、生きる意味も、何もかも失ってでも生きなきゃいけない理由があるんだろうな? あるなら答えてみろ!」
「それはっ」
「良いか、何度でも言うぞ。アキはもう居ないんだよ! 居なくなっちまったんだ! 俺の作ったお菓子を美味しいと言って笑ってくれて、何度も好きだと言ってくれたアキとはもう会えないんだ! 俺が死ななきゃ会えないんだ!」
行き場所を失った感情が濁流のように溢れ出す。底知れない絶望感と同時に湧き上がる憤怒の念からなのか、気がつけば俺はフユカのことを思いっきり突き飛ばしていた。
性別は男。しかも運動部に所属しているが故に筋トレを欠かさなかった俺の腕力は想像以上で、フユカは反対側の壁に勢いよく激突した。辛うじて受け身を取ったのか、咳き込みながらもこちらをフユカは睨む。
もう何も考えられなかったし、考えたくもなかった。言い表しようのないこの感情に流されてしまいたかった。俺は拳を作り、力任せに地面を蹴り飛ばしてフユカに急迫する。そして、腕をそのまま振り下ろそうとした。
『ダメ、先輩!』
何か、聴こえた気がした。
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