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洋子は喫茶店では友人二人と談笑していた。六十六歳の誕生日が来た先月、二十年以上、勤めたパートを辞めた。時間には余裕があった。
息子が二人いるが、既に就職して家を出ている。工事現場の職人だった二歳年上の旦那は引退していつも家にいる。人生、百年時代。これからは、趣味など好きなことをして過ごそうと洋子は思っていた。
「ねえ、次の旅行先、どこにする?」
少し太めの友人が言った。毎年、女性三名で旅行をする。
海外旅行をするお金はないので、もっぱら国内だ。しかし、どこに行っても楽しかった。
「食事のおいしいところがいいわ」
メガネをかけた、もう一人の友人が言った。
三人でよく喫茶店で話しをするのが、洋子になによりの楽しみだった。
「そうそう、洋子にお土産があるの」
メガネの女性がバックから何かを取り出した。それは、半透明でガラス質の小さな石だった。薄く青みがかっており、金具に紐が通されていた。
「ネックレス?」
「そう使ってもいいし、バックに入れておいてもいいのよ」
「バックに入れておいたら、アクセサリーの意味ないじゃん」
「これ、タダの石じゃないのよ。願いが叶う石なの。息子が旅行先で買ってきたの。深層心理の願いが叶うらしいわ」
とメガネの女性。
「じゃあ、貰うの悪いわ」
「いいの、いいの。私の分はあるから」
洋子は手渡された石をじっくり見た。安物のガラスにも見えるが、神秘的と言えなくもない。透かして見るとプリズムのように光が屈折し、向こう側にある友人の顔がぼんやりと見えていた。
「ありがとう。じゃあ、貰っておくわ」
洋子は石をバックに入れた。
「私、買い物があるので先に帰るわ」
しばらく談笑した後、洋子はお代をテーブルに出して立ち上がった。
「そう。私たちはもう少し、話していくわ」
洋子が出たのを見計らってメガネの女性が話し始めた。
「今朝の星占い、見た? 私の星座はさあ『青い石は不吉なので手放しなさい』だって」
「あなた、それで洋子に石あげたの?」
「まあ、そんなところね」
「洋子が不運になったりしない?」
「あの石が幸運を呼ぶっていうのは本当だし、洋子とは星座が違うので大丈夫よ」
そんな会話がされたことを、洋子は知る由もなかった。
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