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喫茶店から出た洋子はバス待ちの列の最後尾に並んた。自宅は坂を上がった上にある一軒家だ。駅へは下りなので歩くが、帰りはバスを利用することが多い。
ブブ……。バックの中で携帯電話が震えた。取り出して見てみると息子からのメッセージだった。最近、メッセージアプリを入れたばかりだ。
友人は娘からよく電話が掛かってくるというが、洋子の子供は息子が二人。息子は滅多に電話をしてこない。
しかし、このアプリを入れたおかげでメッセージが来ることが多くなった。孫の写真、飼い猫の写真などが添付されてくるのは楽しみだった。
(バスを待っている間に返事を送っておこう)
洋子は目を凝らしながらメッセージを入力し始めた。
一行ほど入力した時、突然、誰かに肩を叩かれた。
「えっ?」
振り返った洋子は目を疑った。
そこには、洋子と同年齢ほどの男性。短く刈り上げた髪には白いものがまじっていた。綺麗に短く刈られたあご髭。服装はデニム生地のジャケットに紺色のスラックス。ダンディという言葉が似合う男性だった。
(お、お父さん?)
旦那にそっくりだった。しかし、あり得ない。洋子の旦那は元職人。服装はいつもよれたポロシャツに綿パン、野球帽。スーツやジャケットとは無縁だった。
「ネックレス、落としましたよ」
バックから携帯電話を取り出した時に、貰った石を落としてしまったらしい。
「あ、ありがとうございます」
洋子はまじまじと、男性の顔を見た。
「どうか、なさりましたか?」
紳士的な話し方。旦那は自分を呼ぶときは「わい」という。紳士とは対局の存在だった。
「い、いえ」
「そうですか。では、失礼」
男性はロータリーを駅と反対側に歩いて行った。歩き方も違う。旦那はいつもポケットに手を入れ、少し猫背で歩く。しかし、その紳士は背筋を伸ばして颯爽と歩いている。
バスがロータリーに入ってきた。
(ちょっと気になるわ)
洋子はバス待ちの列を外れて、遠巻きに男性を観察した。一台の黒い大きな車がロータリーの入ってきて、男性の前に止まった。
(ロ……ロールス・ロイス?)
洋子は車に詳しくないだが、そのパルテノン神殿を模したフロントグリルが印象的なので覚えていた。
「やあ、ありがとう」
男性は遠くにいるので声は聞こえない。しかし、そう言ったかのような素振りで車に乗り込んだ。
(もしかして、何かのテレビのドッキリ番組?)
そう思うほどに似ていた。しかし、カメラは見当たらないし、スタッフも出てこない。
洋子は旦那の携帯電話に掛けてみたがつながらない。自宅の電話にも掛けたが誰も出なかった。
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