ゆく春に君と 4

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ゆく春に君と 4

その日のドラマ撮影は、途中、機材トラブルに見舞われ、終わったのは夜だった。 「あー、遅いけど、ちょっとでいいから飲みに行きたい!!」 永津が吠えた。それに合わせて皆、我も我も、と声を上げる。 「明日オフだしな」 「俺は雑誌取材あるけど」 「お疲れ、永津くん」 「腹減った」 「じゃあ、サンクに行かね?踊れるし、飯も美味いし」 「いーねー」 「行こ行こ」 と話が盛り上がり、淡々と帰り支度をしていた志野も、いつのまにかメンツの一人に入れられていた。 クラブなんてほとんど行ったことなどないので尻込みしたが、来てみれば思いのほか楽しい。 こういうところ、椎葉なら似合うだろうな―― 長身で、ダンスが得意で、絶対にカッコいいはずだ。 とても隣に並ぶ気にはなれないけれど、見てみたいと思う。 椎葉の部屋には、様々なジャンルのレコードやCDがたくさんあった。椎葉ならこういうところでかかる曲も、詳しいのかもしれない。 音楽とか好きなことの話をする椎葉は、目をきらきらさせて、本当に楽しそうだった。自分はそれを見ながら、うんうん、と聞くのが好きだった―― 趣味も性格も、育ったところも交友関係も異なるのに、なぜか椎葉に惹かれた。違うからこそ惹かれるのか。でも違いすぎたら、恐らく”好き”のフィールドにも上がらないだろう。 今まで出会ったたくさんの人の中で、なぜ椎葉にだけ、こんなに強く惹かれるのか―― 一緒にいると、どことなく自然と波長が重なり、共鳴するように感じることもあった。 身の内に互いの倍音を持っているような――本当に何となくとしか言いようのない感性的なもので、言葉で説明するのは難しい。 だからこそ、椎葉がだめなら他の男性(ひと)、と簡単に乗り換えられない。 椎葉のことは、ふとした思考に連なって浮かび上がり、まるで昔見た静かな水面に咲く鮮やかな青紫色の睡蓮のように、いつまでも、忘れられない。 フロア奥の個室ブースで飲んだり食べたりしているところに、遅れて小林と和久井、監督が加わった。 「若手が悪さしないよう、お目付け役を連れてきたぞー」 小林の声に、 「え、俺、お目付け役だったの?フツーに遊びに来たんだけど」 と、監督が突っ込みを入れる。 「ていうか、お前らだってお目付け役の立場だろ。おっさん二人組」 「ちょま、俺たち、まだぴちぴち若手ですよ」 「アラフォーがふざけるな」 「四捨五入が雑すぎる…」 和久井がぼやく。 「え、監督って、踊れるんですか!?」 永津も、なかなかに失礼だ。 「おい、ディスコ世代なめんなよ」 「ディスコ世代ってw」 「笑ったな!後でダンスバトルだ!!」 「監督、腰痛が悪化しますよ」 ドラマの現場はそれほど知らないが、この座組は雰囲気がいいと思う。人見知りの自分でも、いつの間にか皆の輪に引っ張り込まれている。 監督のざっくばらんで風通しの良い人柄と、座長の永津の根の明るさが大きいかもしれない。 曲調が変わり、フロアに男性ボーカルが響く。 踊ろうぜ、と永津たちに連れられて、体を揺らす波に一緒に乗る。 ベースのビートが効いているのに、メロディはどこか祈るように、切ない。 「弘樹(こうき)」 いつの間にか近くに来た和久井が自分を呼んだ。ドラマの役名だ。 大切なものを扱うように、肩を抱かれる。 「関谷先生……」 役名で返すと、関谷役の和久井が目を細めて笑った。 こういう場に、あの二人が来ることがあったら――和久井から仕掛けてきた即興劇(エチュード)だ。 あのキスシーンの後、気持ちが通じ合った二人は、互いの傷に少しずつ触れながらも仲を深めていく。今日も、そんな場面を演じてきたばかりだった。 ネクタイを緩めてラフに着崩した関谷は、少し冷たい雰囲気を残しつつも、色気倍増だ。 塾とは違う非日常の中で、そんな関谷に触れられたら、きっと弘樹なんてひとたまりもない。わかってやっている関谷は、本当に質が悪い。 そのくせ、踊りながらも時折こちらを見て愛おし気に笑う表情からは、本当に弘樹を愛しているというのがわかる。 悔しいけれど、笑顔のバリエーション一つとっても、和久井の演技の引き出しは多彩だ。 自分も、もっともっと演技がうまくなりたい―― そんなことを思った、その時。 「志野」 頭の中に、椎葉の声がまっすぐに響いた。 椎葉のことを、いつも考えすぎて、幻聴が聞こえたのかと思った。 視線を感じ、振り返る。 と。 ビートに合わせて揺れる人波をムービングライトが照らす中、固いまなざしの椎葉が、佇んでいた。
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