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無言でずんずん進む椎葉に手を引かれ、人のいない廊下の奥まで来ると、壁と椎葉に挟まれるように抱きしめられた。
椎葉の中に閉じ込められるように、きつく。
心臓が痛いくらい、ばくばくしている。
「…志野。和久井さんとつき合ってるのか…?」
くぐもった声が聞こえた。
「は?」
想定外の問いかけに、一瞬頭が回らなかった。
何で。
そんなこと、あり得ないだろ。
僕はいつだって。
「つき合ってないよ。ドラマの役はそうだけど、あくまでドラマの中だけだ」
椎葉だって、ドラマでの関係がフィクションだと当然わかっているだろう。
それでも、心がざわつくのはわかる。
自分も、芝居とはいえ椎葉と相手役との絡みは、極力見ないようにしていた。心がひどく掻き乱されるのがわかりきっているから。
「さっき、和久井さんが志野の肩を抱いて…」
「あー、あれは、芝居の練習だって。即興劇」
「エチュード…」
「そう。和久井さんがドラマの役名で呼んで来たから、それに合わせただけだよ」
はーーーっと深いため息が、聞こえた。
「…ごめん。勘違いした…かも」
「いいよ。全然大丈夫」
腕を緩め、至近距離で見つめ合うと、さらに動悸は高まる。
顔が熱い。
椎葉だ。
ずっと、会いたかった、椎葉が、ここにいる。
ぶわっと気持ちが膨らむのがわかった。
椎葉の指が、あの、左耳のピアスに触れる。
今でも椎葉からもらったピアスをずっと着けていた。いつだって椎葉とともにいたかった。
自分から椎葉の傍にいられないと別れを決めたくせに、ちっとも離れられない――その証のようなものだ。
椎葉の指先がピアスの着いた耳朶をなぞるのを、目を閉じて感じる。
それだけでぞくぞくして、呼吸が不規則に乱れて来るのを隠せない。
泣きそうだ。
椎葉。好きだ。
「志野。ごめん」
なんの謝罪だよ、椎葉。
謝るのは、僕の方だ。
そう言おうとして唇を開いたところを、キスで塞がれた。
つき合っていないのに、とか、ここ廊下だろ、とか、そんなことは全てどこかへ行った。
椎葉の背に腕を伸ばし、夢中で唇を合わせ舌を絡め合う。
身体の奥に抑え込んでいた椎葉への想いが、肌を突き破り、嬉々として蔓を伸ばす。
椎葉、好きだ。
徐々に体の芯が熱を帯びてくる。
とろりとした極甘の息苦しさに唇を離すと、椎葉のまなざしとぶつかった。
たぶん同じ熱量の、余裕のなく、極限まで高まった想いを内包した猶予のない身体が、服の下で擦り合う。
「……俺の部屋、来る?」
その問いの答えは、一択しかない。
うなずくと、椎葉の目の端が少し緩んだ。
その笑顔に、この数か月間の逡巡なんて、全部粉々にふっとばされた。
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