秋の夜に君と 1

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秋の夜に君と 1

   風呂上がりの、濡れた黒髪をタオルで拭きながら、志野(しの)はぼんやりと夜のニュースを見ていた。目にかかる前髪が少し鬱陶しくて、後ろに掻き上げる。  疲れてはいるが、充実した疲労感で、悪くない。  通し稽古は順調で、明後日は衣装合わせだ。ここから本番までは一気に時が進んでいく。    テーブルの上には、一冊の雑誌。  事務所に届いたよ、と今日マネージャーから渡されたものだ。  表紙は、今度自分が出る舞台の主要メンバーの写真。  残念ながら、というか、当たり前というか、自分は入っていない。  最初の方に主要メンバーの特集記事があり、後の方に、脇役4人の座談記事が載っていた。志野は4人のうちの1人だ。  舞台によっては、こういった雑誌取材の声が掛からないこともあるから、まだ良い方だ。  そして、椎葉(しいば)は、というと。メインのグラビアページを飾っていた。もちろん、単独記事も。  これが、椎葉と自分との立ち位置の違い――  こうやって雑誌になると、椎葉の華やかさが如実に表れる。キラキライケメン、と言われるだけある。  モデル経験のある椎葉は、ポートレート一枚一枚に物語があり、無条件に人目を引く。  一方の自分は、と言えば。  ……地味。明らかに、地味。オーラのかけらもない。  どうやったら、オーラは手に入るのだろう――そんなことを思った日々もあった。  無理やり笑顔を作ったこともあった。が、生まれ持った雰囲気のようなものは、練習したから醸し出されるものでもない。  主役を引き立てるのがうまいね、と言われることもあるが、舞台俳優として生き残っていくためには、このままではダメだ…とは思うものの。 『明日の朝には雨が上がり、久しぶりの秋空が広がるでしょう』  テレビの気象予報士の明るい声に、志野はほっと息をついた。  陰鬱な秋の霖雨が、やっと晴れる。    まだ暑かったあの頃。椎葉と初めて親友同士を演じた舞台で。  俯く自分の役を励ますために、椎葉が肩を抱いた。  耳元に感じる、熱い息。ふざけて首筋に指を這わせたり、時にぎゅっと抱きしめたり。椎葉には散々翻弄された。  それらが脳裏に鮮やかに再現され――たまらず、志野は目を閉じた。  だめだ。これ以上、思い出してはいけない。  椎葉との思い出は、水底から小さな気泡が水面へと連なって行くように、ふとした時に心の底からいくつも浮かんでくる。
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