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突如、テーブルの上のスマホが、震え出した。
表示された名前は、同じ事務所の友人、青鹿だった。志野が気を許す数少ない友人の一人だ。
椎葉を思い出して乱れた気持ちを、深呼吸1回で整える。
「はい」
「久しぶり、志野さん。元気?」
「うん。青ちゃんは?」
「めっちゃめちゃ元気。ねえ、志野さん、来週の金曜の夜って空いてる?」
「え。ああ、ちょっと待って」
卓上カレンダーを引き寄せる。
「今のところ空いてる…けど。…何?」
電話の向こうで、青鹿が大仰にため息をついた。
「この前、言ったじゃん。9月に『青ちゃん生誕祭』やるよって」
「あっ…!」
「わーすーれーてーたーな~」
童顔の青鹿が、ぷっと頬を膨らませる様子が目に浮かぶ。
「ごめん、ごめん、もちろん行くよ。どこで、何時から?」
青鹿と志野は同い年だが、芸歴は子役から続けている青鹿の方がずっと長い。
事務所に入りたての頃は、芸能界のことを色々教えてくれ、今でも一番の相談相手だった。普段はそれほど会わないが、こうした機会には必ず声をかけてくれる。
「珍しいね。志野さんが飲み会すぐにOKなんて」
青鹿の指摘は、いつも鋭い。
多数の集う飲み会は、苦手だった。その場は楽しめるが、終わった後ぐったり疲れてしまうので、翌日がオフでないとなかなか行く気になれなかった。
確かにいつもなら、一旦保留にして、よくよく考えてから返答することが多かった。
「久しぶりに、青ちゃんに会いたいと思っていたから…かな」
「……何か、あった?」
青鹿は、皆のいるところでは明るい盛り上げキャラだが、ふとしたことに、よく気づく細やかさを持っていた。
「まぁ…うん、大したことじゃないけどね」
「なになに? もしかして志野さん、好きな人できた、とか?」
青鹿は冗談のつもりでも、思いっきり急所を突かれた志野は動揺を隠せない。
「え…、あ、いや、好きとか……そういうのか、そうじゃないのかもしれないけど……」
「もしかして、マジ?」
「え……う……ん」
「志野さん」
「ん?」
「明日、時間ある?」
「日中は稽古で、夜9時までバイトだから、その後なら」
「ちゃんと会って話そうよ。バイトって、いつもの叔父さんのとこだよね?」
志野は、叔父の店であるイタリアンレストランでホール係や雑用をしていた。たまに、青鹿や友人達も来る。
「うん」
「明後日も稽古?」
「午後から」
「じゃあ、ちょっと遅くなってもいいよね。S駅前の居酒屋にしよっか」
「でも、青ちゃんも明日忙しいよな…?」
「ダイジョーブ!」
「…ありがとう」
「どういたしまして。また、明日!」
「じゃあ、明日」
通話を終えた志野は、スマホを片手に、ベッドに寝転がった。
好きな人、か――
交差点で椎葉とすれ違ってから、横断歩道を渡るときは無意識に背の高い影を探すようになった。
背格好が似ているだけで、振り返ってしまう。
そして、毎回、全然別人と知って、落胆する。そうそう会えるわけもないのに。
きっと、自分ばかりが、彼を想っている――
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