秋の夜に君と 1

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   突如、テーブルの上のスマホが、震え出した。  表示された名前は、同じ事務所の友人、青鹿(あおが)だった。志野が気を許す数少ない友人の一人だ。  椎葉を思い出して乱れた気持ちを、深呼吸1回で整える。 「はい」 「久しぶり、志野さん。元気?」 「うん。青ちゃんは?」 「めっちゃめちゃ元気。ねえ、志野さん、来週の金曜の夜って空いてる?」 「え。ああ、ちょっと待って」  卓上カレンダーを引き寄せる。 「今のところ空いてる…けど。…何?」  電話の向こうで、青鹿が大仰にため息をついた。 「この前、言ったじゃん。9月に『青ちゃん生誕祭』やるよって」 「あっ…!」 「わーすーれーてーたーな~」  童顔の青鹿が、ぷっと頬を膨らませる様子が目に浮かぶ。 「ごめん、ごめん、もちろん行くよ。どこで、何時から?」    青鹿と志野は同い年だが、芸歴は子役から続けている青鹿の方がずっと長い。  事務所に入りたての頃は、芸能界のことを色々教えてくれ、今でも一番の相談相手だった。普段はそれほど会わないが、こうした機会には必ず声をかけてくれる。 「珍しいね。志野さんが飲み会すぐにOKなんて」  青鹿の指摘は、いつも鋭い。  多数の集う飲み会は、苦手だった。その場は楽しめるが、終わった後ぐったり疲れてしまうので、翌日がオフでないとなかなか行く気になれなかった。  確かにいつもなら、一旦保留にして、よくよく考えてから返答することが多かった。 「久しぶりに、青ちゃんに会いたいと思っていたから…かな」 「……何か、あった?」  青鹿は、皆のいるところでは明るい盛り上げキャラだが、ふとしたことに、よく気づく細やかさを持っていた。 「まぁ…うん、大したことじゃないけどね」 「なになに? もしかして志野さん、好きな人できた、とか?」  青鹿は冗談のつもりでも、思いっきり急所を突かれた志野は動揺を隠せない。 「え…、あ、いや、好きとか……そういうのか、そうじゃないのかもしれないけど……」 「もしかして、マジ?」 「え……う……ん」 「志野さん」 「ん?」 「明日、時間ある?」 「日中は稽古で、夜9時までバイトだから、その後なら」 「ちゃんと会って話そうよ。バイトって、いつもの叔父さんのとこだよね?」  志野は、叔父の店であるイタリアンレストランでホール係や雑用をしていた。たまに、青鹿や友人達も来る。 「うん」 「明後日も稽古?」 「午後から」 「じゃあ、ちょっと遅くなってもいいよね。S駅前の居酒屋にしよっか」 「でも、青ちゃんも明日忙しいよな…?」 「ダイジョーブ!」 「…ありがとう」 「どういたしまして。また、明日!」 「じゃあ、明日」  通話を終えた志野は、スマホを片手に、ベッドに寝転がった。  好きな人、か――    交差点で椎葉とすれ違ってから、横断歩道を渡るときは無意識に背の高い影を探すようになった。  背格好が似ているだけで、振り返ってしまう。  そして、毎回、全然別人と知って、落胆する。そうそう会えるわけもないのに。  きっと、自分ばかりが、彼を想っている――
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