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居酒屋の個室で、ビールジョッキで乾杯した後、青鹿は
「腹減ったー」
と、次々と料理を注文した。
小柄で俊敏な青鹿は、大食漢だ。本当に、気持ち良いくらい、食べる。
「志野さんも頼みなよ」
「うん。…じゃあ、揚げ出し豆腐と、じゃがバターともろきゅう」
「いいね。それ、絶対うまい奴じゃん」
だよね、と志野も笑顔で答える。
「…で。志野さん、早速だけど。誰か気になる人でもできた? それとも、何か困ってる?」
どちらも正解だけれど、いきなりどう話していいのか。
恋愛話は、苦手だ。
「……う…ん」
「話しにくかったら、無理しないでいいよ。…でも、いつでも相談乗るから」
枝豆を口に放り入れながら、青鹿はなんでもないことのようにさらりと言う。
「ありがとう、青ちゃん」
青鹿も、同類だった。恋愛対象は、男性。
この業界には比較的多いとはいえ、まだまだ理解は進んでいない。
青鹿は親しい友人には隠してはいないが、完全にオープンにしているわけでもない。
志野は隠している。まだ、青鹿以外の誰にも話していなかった。
志野が事務所に入りたての頃、若手俳優狙いで有名なプロデューサーにセクハラされて困っていたところを、青鹿が助けてくれ、その時、互いに打ち明けた。
「俺たちの恋愛って、ちょっと難しい面もあるからさ」
「……まさに、それ」
「やっぱり? 相手、ノンケ…?」
「……うん」
「志野さんの相手、もしかして知ってるかも」
「えっ…!? まさか、噂になってる…とか?」
「いやいや。本気の噂じゃないよ。ほら、この前の舞台で、志野さんとある俳優がよく絡んでたじゃん。あやしいってよりも、そういうの好きなファンが騒いでいるのを耳にしたからさ」
マネージャーからも、舞台の宣伝になるから放っておいてよい、と言われたことを思い出す。
「……たぶん当たってる、と思う」
「椎葉……?」
志野はうなずいた。
「…また、難易度高いところに来たね。キラキライケメンかー……」
「やっぱり、そう思うよな…」
「椎葉、いい奴だよね。真っすぐで。ノリもいいし」
「うん。そう…なんだ。一緒に芝居して、すごく楽しかった」
「で、惚れた…?」
「……舞台のあの絡みも、椎葉がノリで始めて。……耳に息を吹きかけて来たり、首筋を触られたり。…こっちは、生きてる心地がしなかった」
青鹿は苦笑して、ビールを飲み干した。
「だよねえ。向こうはその気がないから、そんなことしてくるけどさ。君も恋愛対象になるんだよ、って言いたいよね」
「そうなんだよ。何度も抗議したけど、椎葉はあの調子で『客も楽しんでるから、いいじゃん』って聞く耳なし…で」
志野は、深くため息をついた。
「掻き乱されたね。志野さん」
素直にうなずいた。
確かに、掻き乱されて、翻弄されて。
戸惑いはあったけれども、不快ではなかった。
何でだろう。
たぶん、椎葉が芝居を大切にしていることがわかっていたから。単なる悪ふざけではなく、あの場を盛り上げるつもりなのが伝わっていたから――そして、気づいた時には、好きになっていた。
「いい奴だと思う。こんな不愛想な僕にも、よく話しかけてくれたし。最後も、『また一緒にやりたいね』なんて言ってくれて。リップサービスだとは思うけど」
「そうかな。本当に一緒にやりたいと思ったんじゃない?」
「本当にそう思ってくれてたら、うれしいけどね。……椎葉には、元々人を惹きつけるオーラがあるだろ」
「まあ、確かに、華はあるね」
「共演して実感したけど、椎葉は舞台に出ただけで、客の視線をかっさらってく力がある。すごいよ。……でも、僕にはそういうのはない。たぶんバイプレーヤー向きなんだと思う。実際そういう役をやってて、面白いし」
「わかる。脇役の面白さってあるよね。…でもさ、主役だけ目立って脇が薄くてもだめ、脇が強すぎて主役が光らなくてもだめ。どっちも重要」
「だね。作品に奥行きが生まれるような脇役をやれたらいいなぁ」
「俺は、最近は個性的な役が多いかな」
「青ちゃんは、すごくキャラが立つ。主役張る実力もあるし。すごいよな」
「まあね」
青鹿は当然でしょ、と笑った。
「僕は…無理だろうな」
「なんで。志野さん、いいもの持ってるんだから、もっと自信持ちなよ。顔立ちだって、整ってるんだし」
「目細いよ」
「切れ長と言いなさい。伏せがちに流し目したら、ずきゅーんって、椎葉が倒れるかもよ」
「なんだよ、それ」
「もっと、自分に自信を持ちなよ。志野さん」
自分と椎葉とでは、住む世界が違う。
これから先も。たぶん――
失礼しまーす、と明るい声が聞こえ、店員が山盛りの唐揚げやじゃがバター、もろきゅう、と次々に料理を持ってきた。
空いたグラスを渡し、青鹿はチューハイを、志野は日本酒を頼む。
「で。志野さんとしては、椎葉とどうしたいわけ?」
「…どうもしない。つきあえるわけないし」
「連絡取ってないの?」
「連絡先知らないから、連絡しようもない」
「は? 何? 共演して、噂になるぐらい仲良くしてて、連絡先交換してないの?」
「うん」
青鹿はあきれ顔で、深くため息をついた。
「今どき、小中学生だってスマホ持ってて連絡先交換するのに。何やってんのさ」
「いや、向こうも聞いて来なかったから…」
青鹿はスマホを取り出すと、すいすいと操作し、ほいっとタップした。
「椎葉誘ったから。『青ちゃん生誕祭』に」
「えっ」
「直接、連絡先聞いてみなよ。まあ、聞かなくてもいいけどさ。久しぶりに会って話してみたら? 芝居の時に盛り上がっても、時間が経って本当の本人が見えてきたら、あれ、違うぞ……ってこと、あるじゃん」
「確かに。魔法が解けたら、ただのカボチャだった…って」
「カボチャ、美味しいけどね」
青鹿が、唐揚げを頬張りながら答えた。
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