秋の夜に君と 1

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 居酒屋の個室で、ビールジョッキで乾杯した後、青鹿は 「腹減ったー」 と、次々と料理を注文した。  小柄で俊敏な青鹿は、大食漢だ。本当に、気持ち良いくらい、食べる。 「志野さんも頼みなよ」 「うん。…じゃあ、揚げ出し豆腐と、じゃがバターともろきゅう」 「いいね。それ、絶対うまい奴じゃん」  だよね、と志野も笑顔で答える。 「…で。志野さん、早速だけど。誰か気になる人でもできた? それとも、何か困ってる?」  どちらも正解だけれど、いきなりどう話していいのか。  恋愛話は、苦手だ。 「……う…ん」 「話しにくかったら、無理しないでいいよ。…でも、いつでも相談乗るから」  枝豆を口に放り入れながら、青鹿はなんでもないことのようにさらりと言う。 「ありがとう、青ちゃん」  青鹿も、同類だった。恋愛対象は、男性。  この業界には比較的多いとはいえ、まだまだ理解は進んでいない。  青鹿は親しい友人には隠してはいないが、完全にオープンにしているわけでもない。  志野は隠している。まだ、青鹿以外の誰にも話していなかった。  志野が事務所に入りたての頃、若手俳優狙いで有名なプロデューサーにセクハラされて困っていたところを、青鹿が助けてくれ、その時、互いに打ち明けた。 「俺たちの恋愛って、ちょっと難しい面もあるからさ」 「……まさに、それ」 「やっぱり? 相手、ノンケ…?」 「……うん」 「志野さんの相手、もしかして知ってるかも」 「えっ…!? まさか、噂になってる…とか?」 「いやいや。本気の噂じゃないよ。ほら、この前の舞台で、志野さんとある俳優がよく絡んでたじゃん。あやしいってよりも、そういうの好きなファンが騒いでいるのを耳にしたからさ」  マネージャーからも、舞台の宣伝になるから放っておいてよい、と言われたことを思い出す。 「……たぶん当たってる、と思う」 「椎葉……?」  志野はうなずいた。 「…また、難易度高いところに来たね。キラキライケメンかー……」 「やっぱり、そう思うよな…」 「椎葉、いい奴だよね。真っすぐで。ノリもいいし」 「うん。そう…なんだ。一緒に芝居して、すごく楽しかった」 「で、惚れた…?」 「……舞台のあの絡みも、椎葉がノリで始めて。……耳に息を吹きかけて来たり、首筋を触られたり。…こっちは、生きてる心地がしなかった」  青鹿は苦笑して、ビールを飲み干した。 「だよねえ。向こうはその気がないから、そんなことしてくるけどさ。君も恋愛対象になるんだよ、って言いたいよね」 「そうなんだよ。何度も抗議したけど、椎葉はあの調子で『客も楽しんでるから、いいじゃん』って聞く耳なし…で」  志野は、深くため息をついた。 「掻き乱されたね。志野さん」  素直にうなずいた。  確かに、掻き乱されて、翻弄されて。  戸惑いはあったけれども、不快ではなかった。  何でだろう。  たぶん、椎葉が芝居を大切にしていることがわかっていたから。単なる悪ふざけではなく、あの場を盛り上げるつもりなのが伝わっていたから――そして、気づいた時には、好きになっていた。 「いい奴だと思う。こんな不愛想な僕にも、よく話しかけてくれたし。最後も、『また一緒にやりたいね』なんて言ってくれて。リップサービスだとは思うけど」 「そうかな。本当に一緒にやりたいと思ったんじゃない?」 「本当にそう思ってくれてたら、うれしいけどね。……椎葉には、元々人を惹きつけるオーラがあるだろ」 「まあ、確かに、華はあるね」 「共演して実感したけど、椎葉は舞台に出ただけで、客の視線をかっさらってく力がある。すごいよ。……でも、僕にはそういうのはない。たぶんバイプレーヤー向きなんだと思う。実際そういう役をやってて、面白いし」 「わかる。脇役の面白さってあるよね。…でもさ、主役だけ目立って脇が薄くてもだめ、脇が強すぎて主役が光らなくてもだめ。どっちも重要」 「だね。作品に奥行きが生まれるような脇役をやれたらいいなぁ」 「俺は、最近は個性的な役が多いかな」 「青ちゃんは、すごくキャラが立つ。主役張る実力もあるし。すごいよな」 「まあね」  青鹿は当然でしょ、と笑った。 「僕は…無理だろうな」 「なんで。志野さん、いいもの持ってるんだから、もっと自信持ちなよ。顔立ちだって、整ってるんだし」 「目細いよ」 「切れ長と言いなさい。伏せがちに流し目したら、ずきゅーんって、椎葉が倒れるかもよ」 「なんだよ、それ」 「もっと、自分に自信を持ちなよ。志野さん」  自分と椎葉とでは、住む世界が違う。  これから先も。たぶん――    失礼しまーす、と明るい声が聞こえ、店員が山盛りの唐揚げやじゃがバター、もろきゅう、と次々に料理を持ってきた。  空いたグラスを渡し、青鹿はチューハイを、志野は日本酒を頼む。 「で。志野さんとしては、椎葉とどうしたいわけ?」 「…どうもしない。つきあえるわけないし」 「連絡取ってないの?」 「連絡先知らないから、連絡しようもない」 「は? 何? 共演して、噂になるぐらい仲良くしてて、連絡先交換してないの?」 「うん」  青鹿はあきれ顔で、深くため息をついた。 「今どき、小中学生だってスマホ持ってて連絡先交換するのに。何やってんのさ」 「いや、向こうも聞いて来なかったから…」  青鹿はスマホを取り出すと、すいすいと操作し、ほいっとタップした。 「椎葉誘ったから。『青ちゃん生誕祭』に」 「えっ」 「直接、連絡先聞いてみなよ。まあ、聞かなくてもいいけどさ。久しぶりに会って話してみたら? 芝居の時に盛り上がっても、時間が経って本当の本人が見えてきたら、あれ、違うぞ……ってこと、あるじゃん」 「確かに。魔法が解けたら、ただのカボチャだった…って」 「カボチャ、美味しいけどね」  青鹿が、唐揚げを頬張りながら答えた。
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