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終電前の電車の中は、人はまばらだ。
仕事帰りのサラリーマン、本を読む女性、スマホを見る人、リュックを抱きしめて、こくりこくりと眠る学生。
帽子を目深に被り、伊達メガネにマスクで顔を隠した椎葉は、座席に深く座り、目を閉じた。
疲れた――
たたん、ととん……たたん、ととん……
規則正しいレールの音にうとうとしかけていた時、ポケットに入れていた携帯が、震えた。
薄目を開けて、着信を見る。
役者仲間の青鹿からだった。以前舞台で一緒になった明るい奴で、共通の友人も多い。
メッセージを開くと、来週の金曜日夜に、自分の誕生会の名目で飲み会をやるので、来ないか、との誘いだった。
正直、面倒くさいと思った。
舞台の稽古がきつくて、帰って寝るだけの毎日。
前の舞台の時は、あんなに毎日が待ち遠しかったのに。
今日も一人居残り、変更になった膨大なセリフをさらっていた。
志野がいたから。あの時は。
今、志野に会うことはない。
連絡先も知らない。
今になって、連絡先を交換しなかったことを猛烈に後悔している。
夢で会えたら、と願い、夢の中では、自分はいつも志野を組み敷いていた。
背を反らして自分を深く受け入れる志野に、夢中になる。
そして、朝起きて、じっとり汗ばんだTシャツにため息が出た。
『ちょっと今忙しいから』
断りを匂わせると、すぐさま返信が来る。
『椎葉の友達も来るよ。宮崎とか田上とか、志野とか』
志野!?
椎葉は、シートからがばりと身を起こした。
あの飲み会嫌いの、志野が!?
青鹿は顔が広いから、志野と友人でもおかしくはない。が。
『途中からでよければ、参加するよ』
気づいたら、そう返事を打っていた。
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