秋の夜に君と 1

4/6
前へ
/48ページ
次へ
 終電前の電車の中は、人はまばらだ。  仕事帰りのサラリーマン、本を読む女性、スマホを見る人、リュックを抱きしめて、こくりこくりと眠る学生。  帽子を目深に被り、伊達メガネにマスクで顔を隠した椎葉は、座席に深く座り、目を閉じた。  疲れた――  たたん、ととん……たたん、ととん……  規則正しいレールの音にうとうとしかけていた時、ポケットに入れていた携帯が、震えた。  薄目を開けて、着信を見る。  役者仲間の青鹿からだった。以前舞台で一緒になった明るい奴で、共通の友人も多い。  メッセージを開くと、来週の金曜日夜に、自分の誕生会の名目で飲み会をやるので、来ないか、との誘いだった。  正直、面倒くさいと思った。  舞台の稽古がきつくて、帰って寝るだけの毎日。  前の舞台の時は、あんなに毎日が待ち遠しかったのに。  今日も一人居残り、変更になった膨大なセリフをさらっていた。  志野がいたから。あの時は。  今、志野に会うことはない。  連絡先も知らない。  今になって、連絡先を交換しなかったことを猛烈に後悔している。  夢で会えたら、と願い、夢の中では、自分はいつも志野を組み敷いていた。  背を反らして自分を深く受け入れる志野に、夢中になる。  そして、朝起きて、じっとり汗ばんだTシャツにため息が出た。 『ちょっと今忙しいから』  断りを匂わせると、すぐさま返信が来る。 『椎葉の友達も来るよ。宮崎とか田上とか、志野とか』  志野!?  椎葉は、シートからがばりと身を起こした。  あの飲み会嫌いの、志野が!?  青鹿は顔が広いから、志野と友人でもおかしくはない。が。 『途中からでよければ、参加するよ』  気づいたら、そう返事を打っていた。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

298人が本棚に入れています
本棚に追加