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ザックも微笑んでジーンの唇にそっとキスをした。
「今夜の夕食は?」
会えるものならジーンも彼と会いたい。しかし今日の仕事が終わるのは夜遅くだ。ディナーの時間には間に合いそうもない。
ジーンは思案し、結局「すみません」と言った。
「今日は遅くなるんです。明日はどうです?」
「問題ない。仕事は何時に終わる?」
「明日は休みなので何時でも」
「じゃあ、昼食をいっしょにどうだ」
「いいですね」とジーンは頷いた。
ランチデート。健全な響きだ。気に入った。
セックスを予感させる夜の密会も悪くないが、ジーンはランチに誘ってくれたことが嬉しかった。これから関係を発展させたい相手からの誘いであればなおさら。セックス目的の相手を、平日のランチに誘うことはないだろうし。ザックは本当にジーンと〝本気の恋人〟になるつもりなのかもしれない。ほんのいっときの気まぐれだろうと何だろうと、そう思うとくすぐったい気持ちになる。
「じゃあ、また明日」
「ああ、明日」
拾い集めた服を着込み、たっぷりと時間をかけて別れのキスをした。
*
〈Aunt Susy’s Diner〉は、安くて美味しい朝食が食べられることで人気の店だ。そう広くない店内はほとんど埋まっている。その中に友人の姿を見つけたジーンはグリーンのギンガムチェックのクロスの掛かったテーブル席に滑り込んだ。
ここには遅番の日の朝、週に二、三度訪れる。明確に約束を交わしているわけではないが、自身の父親ほども年の離れた友人とここで朝食を共にするのが習慣となっていた。
「おはようダニー」
朗らかに挨拶をするジーンとは対照的に、向かいに座った友人はジーンの顔を見るなり目を眇めた。
「なんだ。まさかあのクズ男とヨリを戻したのか? それとも新しい男か?」
「なんだって?」
ジーンは怪訝な顔で聞き返した。
「お前さんの顔だよ。愛されたばかりの女のような顔をしているぞ」
ジーンはパッと頬を染めた。
なぜわかるんだ、とかいやそもそも女役ではないとか、いろいろ言いたいことがグルグル回って、口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している間にウェイトレスが注文を取りに来た。
「おはよう、ジーン。注文はいつもの? 今日は卵どうする?」
赤褐色の巻き毛の美人は、ジーンに魅力的な笑顔を向ける。
「あ、ああ……おはようエマ。スクランブルでお願い」
「オーケー」
エマがハキハキと返事をして踵を返すのを待ち、ダニーがにやりと笑った。
「ひょっとして、先月言っていた男か?」
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