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 ジーンは顔を赤くしたまま口を噤んだ。久しぶりの恋人に浮かれている自覚はあるが、そうもわかりやすいものだろうか。ダニーには話を聞いてもらうつもりだったとはいえ。 「ひと月も前の約束を守るたあ、前の男よりは誠実だろうよ」  ダニーは淡いブルーの瞳を細めて意地悪く笑う。 「そうだろうとも」  ジーンは自嘲気味に請け合った。何せ、その日の朝にした約束でさえ、夜には忘れてしまうような男だったのだ、ネイトは。 「そいつは独身だろうな?」  と聞かれて「決まってるだろ!」と反射的に答えたが、確認はしていない。少なくとも指輪はしていなかったが、だからと言ってそれは何の確証にもならない。  残念なことに、妻所帯を隠して遊ぶ男も多いのが現実だ。遊びならまだいいが、恋してしまったら悲惨だ。 「その男、いくつだって?」 「三十五」 「怪しいもんだ」 「やめてくれよ」 「地位を求めてる男ってのはな、大抵若くて美しい妻を求めるもんだ。そのくらいの年頃なら特にそうさ。野心がある、体力も、無駄に過剰な自信も。俺もそうだった」  ジーンは目を丸くした。 「ダニーも?」 「俺にも妻と子どもがいたのさ」  出し抜けにダニーが呟いた。  ジーンは驚いた。ダニーも同類だと言っていたから、てっきり家族はいないものだと思っていたのだ。  ダニーとの付き合いはここ一年ほどだが、まだまだ知らないことがたくさんある。 「……家族は今どうしてるの」 「妻は二年前に死んだ。子どもたちはみんな独立しているよ。息子に会社を譲って俺はこのとおりの生活だ。俺は家族の誰からも嫌われていたから、もう会うこともないだろうさ」  何か言おうと口を開きかけたところで、食事を持ってエマがやってくる。  トースト、グリルしたジャガイモ、スクランブルエッグにソーセージ。ダニーの前にも同じ内容のプレートが並ぶ。ジーンが頼むのはホットコーヒーだけだが、ダニーはコーヒーとフレッシュのオレンジジュースが一杯ずつ。 「お待ちどうさま。ごゆっくり」  ダニーはずずっと音を立ててコーヒーを啜り、トーストにかぶりついた。それからジーンの表情を見て顔を顰める。 「辛気臭い顔をするな。慰めの言葉はいらんよ。嫌な父親だったのは間違いないさ」  ダニーは肩を竦めた。 「特に息子には嫌われていた。可愛がった記憶もないから、仕方がない。あれに、少しでもあんたみたいな可愛げがあれば話は違っただろうがね」
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