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 ザックが去ったあとのテーブルに、ビールとチキンウィングのバスケットを抱えたジョージが戻ってきた。 「なんだよ、誰だよ、さっきの男。めちゃくちゃタイプ。見たか、あの尻? あんないい男、どうやって引っかけたわけ?」 「別に引っかけたわけじゃ――」と言いかけて止めた。引っかけたことになるのか?  ジョージに差し出されたチキンをひとつつまみ、ブルーチーズのレンチをたっぷりとつけて口の中に放り込む。美味い。この店のブルーチーズのレンチがニューヨーク中で一番美味いと言ってもいい。 「お客だよ。うちのホテルに泊まってるんだ」 「お前んとこの職場の? おい、お客に手を出したのか?」 「たまたま会ったんだ」 「たまたま」 「偶然」 「偶然」ジョージは疑わしそうに繰り返す。「話が随分盛り上がっていたようだけど」 「うん、まあ、たしかに本の趣味は合うね」  おまけにキスも上手だった。彼と恋人になれるとは思わないが、ときどき思い出してうっとりするくらい許されるだろう。 「本ねえ?」ジョージが考え込むように腕を組んだ。 「俺もニット・サークルにでも参加しようかな」 「何、それ?」 「今流行ってるらしいぞ。バーやクラブより、親密になれる」 「ふうん。そりゃいいね。共通の趣味は大事だ」ジーンは気のない返事を返した。  それよりもさっきのキスの記憶と感触を反芻するのに夢中だったが、ふとあることに気付いてしまった。 「待って、ジョージ、きみ、編み物なんてできたのか?」  ジョージは魅力的な男だ。それは間違いない。  黒い巻き毛と下がった目尻はキュートだし、趣味の筋トレの成果が表れた厚い胸板も、たくましい二の腕も、きゅっと上がった丸い尻もセクシーだ。ただ長い友人付き合いの中で、活字を前にすると十分で眠たくなるタイプの男だということも知っている。そのジョージが、編み物?  手作りのパッチワークのブランケットを膝に掛けた友人が、暖炉の前に座って編み棒を手にする姿を無理矢理思い浮かべてみる。ないな。絶対に。 「まさか。だから参加するのさ。初心者もオーケーって書いてあった」 「ふうん。そりゃいい」  ジーンは今度こそ投げやりに言った。挑戦するのは自由である。  報告を待っていてくれと息巻くジョージに苦笑を浮かべ、こうしてジーンのほんの一瞬の非日常は幕を閉じたのだ――と、そう思っていた。  ――約二週間後、〝ザック・ファレル〟の名でふたたび宿泊予約が入っていることに気付いたジーンは、激しく動揺する羽目になる。
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