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――これは仕事だ。職務をまっとうしろ、ジーン。
内心で自らを叱責する。期待と緊張と、昼食のBLTサンドが胃の中でグルグルしていた。
だからだろう、ザック・ファレルのキャリーケースを手に彼の部屋に入ったジーンは、なんとかプロらしく振る舞うことに精一杯で気付かなかった。
「お荷物はこちらで――え……っ、わっ!」
いつの間にか、すぐ後ろに迫っていたザックに驚き――次の瞬間にはその広い胸板に飛び込んでいた。強制的に。
あまりに勢いよく飛び込んだおかげで、ジーンは彼の胸に鼻の頭を強か打ち付けた。細身に見えるが、厚みのあるたくましい胸に。肺いっぱいに彼の香水――トム・フォードだ――を取り込んで恍惚としていると、一瞬鼻の痛みを忘れた。
「やっと会えたね」
熱っぽい囁きに目線だけで見上げれば、淡いブルーグレーの双眸が悪戯っぽい光を湛えてジーンを見つめていた。ザックの指が頤にかかり、彼が長身を屈める。――ああ、キスされる。認識した瞬間うっとりしてしまう。この一か月間、何度頭の中で〝あのシーン〟を反芻しただろうか。アナログのテープだったら、とっくに擦り切れてしまっていただろう。
挨拶のような、ちゅ、と触れるだけのキスが唇に落とされた。
そっと離れ、見つめ合う。ジーンの物欲しそうな顔――多分、そういう顔をしていた――にザックは満足げに目を細め、ふたたび唇を重ねた。
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