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店のチョイスはジーンの好みではなかったにせよ、食事は文句のつけようもなく美味だし、ザックは会話も上手い――キスだけでなく。薄い唇から紡がれる話題は幅広く、落ち着いた声のトーンは聞いていて心地よい。ときどき見せる柔らかい笑みは、近寄りがたいほどの美貌の男を少し可愛く見せてくれる。
それぞれ三杯ずつワインを飲み、絶品のデザートまで平らげ――ほんのりとポルチーニ茸が香るチョコレートムース――ふたりとも、今夜のディナーに満足していた。足りないのはセックスだけ。
エレベーターに乗り込みながら、「実は……部屋を取ってある」とザックに言われたのは意外でもなんでもなかった。
「職場じゃ落ち着かないだろうと思って」
それは素晴らしい。さっきのレストランのスタッフ以上のホスピタリティではないだろうか。
「お気遣いどうも」とジーンも微笑んだ。
エレベーターが部屋のある階に着くと、ザックの半歩後ろをついて部屋に向かった。わかっていた展開とはいえ、緊張――それから、期待――でどうにかなりそうだ。一夜だけのお遊びはジーンの望む関係ではないが、「ザック・ファレル」の宿泊予約を見たときから、ジーンはもう決めていた。もし次、彼に誘われたなら、そのときは一も二もなく、返事はイエスだと。
ホテルのロビーは白と黒とブロンズを基調にしたモダンな雰囲気だったが、部屋の中はまた趣が違った。パステルブラウンの壁紙にテラコッタの幾何学模様、カーテンやソファ、クッションも壁紙に合わせてテラコッタで統一されていた。
部屋に入るなり襲い掛かるような真似はせず、ザックはミニバーに向かいながら「何を飲む?」と尋ねた。
「ビール? ウイスキー? またワインにするか? シャンパンもある」
腹はいっぱいだ。
ついでに言うなら胸もいっぱいだが、ジーンはウイスキーをもらうことにした。
「ロック、ストレート、ソーダ?」
「ハーフロックで」
トリトンホテルの彼の部屋――長期滞在を快適にするためだろう、スーペリアスイートだ――と比べるとこぢんまりとしているが、ジュニアスイートである。今夜ジーンを連れ込むだけに取ったにしては随分立派な部屋だ。
適当に座っているように言われ、ジーンはソファの端に腰掛けた。所在なげに視線をうろつかせ、最後はカーペットを見つめることにした。ネイビーとバーガンディ、ブラウンの幾何学模様――ハニカム柄をもっと複雑にしたような――はいささか毒々しく、目がチカチカしたけれど。
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