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【本日の御予約】 乙梨寧佳 様 ①
夕方の講義が終わっても、雨は降り続いていた。
『うらおもて』でのアルバイトに大きな変化はない。あるとすれば仕事着である大正袴の色が変わったくらいで、春を思わせる茜色から夏らしい浅葱色へと季節の変化を反映させていた。
初めは摩子さんになされるままだった着付けも、いつの間にか一人でできるようになった。
案外慣れれば動きやすいもので、通気性の良さも相まってジメジメした熱気もさほど気にならないでいる。そうなると逆に冬の寒さが心配だけれど……、まあ、それはそれで冬になったら考えればいい事だ。
――と。
当然のように冬までアルバイトを続けているつもりの自分に、少し驚く。
ともあれ、袴に着替え終わったあたしは店の掃除から始めることにした。
摩子さんはどこかに出掛けているらしく、静かな店内に雨音とコードレス掃除機の駆動音だけが響き渡る。
厨房の前まで掃除機を進めたところで、胃をくすぐる匂いが漂ってきた。
一足先に着いていた凛介が夕飯の支度をしているのだろう。宿泊の予約は入っていないから、必然あたしたちの夕飯だ。
煮込み料理だろうか。さすがに匂いだけでは何を作っているのかわからない。
厨房を覗いて直接訊いてみようかと思ったけれど、やめておいた。
わざわざ声を出して確認するほどの事じゃない。
どうせすぐにわかるんだから――。
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