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「うん。それがすっかり忘れてたんだけど、土曜は友人の結婚式でね。おそらく私は夜まで店を空けると思うんだよ。だからその間、ふたりには店に居てもらいたいと思ってね」
「友人って――小坪さん、ですか?」
気になってつい訊いてしまった。
あはは、と盛大に笑いながら摩子さんは左右に首を振った。
「違う違う、全く別の奴だよ。住んでる場所も割と近くだしね。ああでも、変わり者って点なら巴と良い勝負をするかもね」
「良い勝負……?」
「うん。なんたって『六月の大安吉日に結婚式を挙げたい』って理由だけで、式を二年も先延ばしにした女だからねぇ」
「うわ。ほんとに居るんですね、そういう人」
凛介が面食らった様子で感想を吐き出した。続きは凛介に任せることにして、あたしはじゃがいもに箸を伸ばす。
「ジューンブライドって元はヨーロッパの文化……っていうか、ただの験担ぎでしょう? 向こうの六月は気候が穏やかだから、たくさんの人に祝福して貰えるっていう。
その点、日本の六月は毎年こんな感じ――言ったら一年の中で一番気候が安定しない時期じゃないですか。たくさんの人に祝福して貰いたいのなら、むしろ六月だけは避けるべきなのに、どうしてそんなに憧れるんですかね?」
「おや、凛くんらしくないね。他人の考え方を真向から否定するなんて」
揶揄うように口元をつりあげる摩子さん。もはや見慣れた意地の悪い笑みに比例して、凛介の眉はハの字に曲がる。
「……いや、まあ。否定ってほどじゃ無いんですけどね。
俺だって全く信じてないとは言わないですよ。受験の前日にはカツ丼食べましたし、今年のおせちは気合い入れて作りましたから。
でもカツ丼のおかげで合格したとは思ってないし、どれだけ縁起の良い料理を食べても、不幸って起こるときには起こるモノでしょ?」
結局、否定しているようにしか見えない凛介の態度は置いておくとして、今の発言は確かに的を射ていた。
カツ丼を食べたからって解けなかった数式が急に解けるようになる訳じゃない。もし本当に実力以上の能力が発揮できるのなら、極論として毎日カツ丼を食べるべきになってしまう。
そんな凛介の言葉に、摩子さんはそうかもね、と笑った。
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