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「だから、その。俺が言いたいのは、ジンクスとか験担ぎを盲目的に信じちゃう人の気持ちがわからないっていうか――そういう人にどう接すればいいのか、困っちゃうってことなんですよね」
「べつに真面目に相手をする必要なんか無いと思うけどね。
ま、裏地のある着物を着ていく身からすれば大雨は勘弁して貰いたいところだけどさ。でも最初から『六月に式を挙げる』って選択肢しか持ってない奴に、『どうせ雨だからやめた方がいい』なんて言っても無駄だし、なにより言うだけ野暮だろう?
人は信じたいモノを信じる権利を持っているし、やりたいことをやる生き物だ。そういう意味で言うと、他人が信じてるモノに口を出すのも自由だけどね。
でもさ、『いつ』とか『どこで』なんて関係なく、結婚式はめでたい場であることに間違いないでしょ? だったら余分な言葉はぜんぶ飲み込んで、ただ一言『おめでとう』って言えばいい。
そんな接し方も一つの正解だと、私は思うよ」
そう締め括った摩子さんの言葉は、ついいつもの〝ひねくれ〟に聞こえてしまう。
でも味の染みたじゃがいもを噛みしめながら考えてみると、いまの言葉こそが真理に近いように思えた。
……まあ、あたしには関係ないし、どうでもいいんだけれど。
とにかく。
あたしにとって重要なのは、土曜日に摩子さんが居ないという事だ。
摩子さんが不在となれば、あたしの仕事にいくらかの変化が伴う。さしあたって早急に確認しておかなければいけないのは――
「あの。それじゃ土曜日の予約はお断りした方がいい、ですよね?」
まだ空白だったはずの台帳を思い出しながら訊いてみる。
「うん。そうして貰おう――と、思ってたんだけど……」
曖昧に言葉を切って、摩子さんはゆらりと視線を逸らした。どことなく逃げるような仕草は珍しいというか、なんだからしくない。
そんな摩子さんは冷奴を箸で四等分に割りながら、
「ちょうどついさっき、予約入っちゃたんだよね」
なんて事を言うのだった。
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