11人が本棚に入れています
本棚に追加
「でもまあ、時代を考えればそれが普通だと思いますよ。
最近は電話が嫌いって人が多いですし、指先一つで事が済むのはやっぱり楽ですからね。むしろ電話予約のお客さんだけで店が続いてる方が異常なんですよ」
「利益を重んじる他所様と比べれば、たしかにうちは多少ズレてるかもね。本当にこの店を必要としている人に来て欲しい――そこを優先しているのは認めるよ」
似たような事は前にも言っていた気がする。
その時は、この店を続けているのは趣味で義務だと言っていた。それは摩子さんのお祖父さん――つまり先代店主の遺言に由来しているらしいけれど、根っこの部分はたぶん同じ意味なんだろう。
「しっかし時代なんて言うけどさ、愛の告白さえメールやSNSで済ませる時代に、大した価値があるとは思えないけどね」
「またそうやってすぐひねくれた事を言う……。あ、一応言っときますけど、俺はちゃんと言葉にしましたからね」
「ほんとにぃ?」
確認を求められている気がして、まあ、とあたしは頷いた。
……それ以外の事は、もうほとんど覚えていないけれど。
「ま、ひねくれてるのを否定するつもりは全く無いんだけど――私も一応言っておくと、ただの嫌味でひねくれてる訳でもないんだよ」
「そう、なんですか?」
麦茶に手を伸ばしつつ訊いてみる。
「だってさ、お客さんとは言っても店に来るのは見ず知らずの相手なんだよ。ならせめて声くらいは聞いておきたいじゃないか。
何一つ情報の無い人間が泊まりに来るなんて、気味が悪いでしょ」
……摩子さんの言葉には遠慮がない。
けれど、そんな摩子さんの言葉は、なんとなく理解できた。
たしかに電話越しの声を聞くだけでも性別や大まかな年齢くらいは見当がつくだろう。実際は見当とは違う人が来るかもしれないけれど――それでも、お客さんを想像することが可能になる。
たぶんそれが、とても大切なこと、なんだと思う。
どんなお客さんが来るのか――その不安が、期待に変わるから。
最初のコメントを投稿しよう!