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ケンちゃんはオススメだという喫茶店に私を案内した。店内は黒を基調とした、喫茶店というよりはバーのような雰囲気のある場所だった。ケンちゃんは一番端のカウンター席に私を座らせた。
「お洒落なお店……ですね」
私が借りてきた猫のように身を小さくしていると、ケンちゃんは隣に座って柔和に笑む。
「敬語じゃなくていいよ。昔よく遊んでいたし、またケンちゃんって呼んでほしいな」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
ケンちゃんとは色々な話をしたけれど、会話をすればするほど、違和感が積み重なっていった。彼の話はどこか他人事のように聞こえたからだ。彼の話す思い出は間違ってはいない。けれど、詳細を話すことはなく、あれどうだったっけ?とこちらに話を振ることが多い。彼はケンちゃんではないのかもしれない。そんな小さな仮説はどんどんと膨らんでいって、私は目の前の男が誰なのか、そして何故こんなことをするのか分からず恐怖を感じ始めていた。
「ここのお店、お酒あるけど飲まない?」
しきりにお酒を勧めてくるのも怖い。
「あまり飲まないからいいや」
私はやんわりと断る。彼はそっか、と残念そうに呟いた。
私はひとまずトイレに行くことにした。このままいると、ぐるぐると渦巻く恐怖の渦中にずぶずぶと嵌ってしまいそうだった。鏡に映る私は恐怖に顔を引き攣らせていた。私は頬をパチン、と叩いて気合を入れる。帰ろう。もうこれ以上ここにいるのは心臓に悪い。
「ごめんなさい、ちょっと用事を思い出しちゃって。先に帰るね」
「そうだったの?それは残念だね。じゃあ、家まで送るよ」
「一人で帰るから大丈夫よ」
「そんなこと言わずに。折角再会したんだから、もう少し一緒にいたいんだ」
だめかな?
『ケンちゃん』は眉を下げて私を見つめる。罪悪感に胸が詰まる。結局私は押しに負けて、彼の車で帰ることになった。
「えっと、家ってどのあたりだっけ?」
車に乗り込むと、強い眠気に襲われた。『ケンちゃん』の言葉が遠く聞こえる。私はテレビのようにプツリと音を立てて意識を手放してしまった。
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