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夫は今日もお気に入りの下着に着替えて、見た事のないネクタイを締めて寝室から出て来た。
テーブルを拭きながらチラッと目線をネクタイに送ると、聞いてもいないのにペラペラと言葉が出て来る。
「これな?課長昇進のお祝いだって数名の部下が連名でプレゼントしてくれたんだ。若い子の感性っていうのかな、少し恥ずかしいけどしないとさ…。」
「そう。良かったわね。別に聞いてないし、あなたの下着やネクタイが新品でもお古でもどうでもいいわ。」
「どうでもいいってなんだよ。」
言い方が気に障ったのか不機嫌な声が聞こえたので、良いのかしらねぇと思いながら答えた。
「あなただって私が新しいエプロンしてても気にした事ないし気付いた事もないでしょ?どうして怒るのかが不思議だわ。どうでもいいからでしょ?エプロンが代わっても私に変化はないし?違うの?」
顔を上げて訊き返すと、焦った様に答える。
「え、エプロンは気付いてたよ、特に言わなくていいかなって。怒ってないよ。行ってくる。」
バタバタと逃げる背中に大きな声を出す。
「行ってらっしゃい!エプロンは母の日のプレゼントよー!!」
「パパ!いってらっしゃい!」
エプロンは幼稚園に行っている沙知が母の日に絵を描いてくれたのもの。
この絵が目に入らない事態で私の事は見てないのだ。
「何処にも売ってない一点物なのにねー?パパって見てないのよねー。」
沙知に言うと、
「ねー?ちちのひに、パパの絵をかいてハンカチあげるんだよ。」
と言葉が返された。
「へぇ…パパ、喜ぶわね。何を描くの?」
私のエプロンには沙知の好きなケーキが三段で描かれている。
異様に大きなイチゴがてっぺんに載せられて。
「せんせいはお父さんのすきな物をかきましょうって。」
「そうなんだ。沙知は何を描くの?」
「うーん、まだ分かんない。」
「出来たら見せてね?」
「うん!パパがさいしょだよ。」
「分かってるよぉ」
ぎゅうっと抱き締めて、考えるのは沙知の事。
夫の事はもうどうでもいい、そんな所まで来てしまった。
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