第一条 互いを愛称で呼び合うべし

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 ――でも……イケメンで、社長で、センスもいいのに、振られるんだ。  恋愛というものは奥が深い。いや、人生が深いのだろうか。よく分からない状況に、みちるは哲学的な思考になるしかなかった。 「羽山さんのご職業は?」  今度は、みちるが情報を開示する番となる。一瞬躊躇ったが、おずおずと自分の名刺も取り出した。 「へえ。出版社勤務ですか」  葵はみちるの名刺を眺めながら、意外そうな顔つきになった。 「はい。編集者をしています」  名刺には『第二編集部』とだけある。今日限りのつきあいだ。詳しい説明はいらないだろう。みちるはあえて、自分から語ることをしなかった。     早く話題が移り変わればいいと思うが、葵はなかなか名刺から目を離さない。 「職場は大手町」 「あっ……そうなんです。実は私もすぐ近くで働いています」  みちるの職場は、東京駅から徒歩五分ほどのビルの中にある。だからこそ職場近くで待ち合わせたのに、こんなことになってしまった。 「偶然は必然」  葵が言い、ドキリとしながらも、みちるは「もしかして、ユングの?」と訊ねた。 「そう。シンクロニシティです」
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