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疑似恋愛の話は冗談だったのだろうかと、ぼんやりした頭で考える。きっと冗談に決まっている。みちるだって本気にしたわけではない。
ただ、葵がどうしてあんなことを言ったのかが気になった。
どうせもう二度と会うこともないのだ。食事も終えたのだし、さっさと帰宅すればいい。なのに、みちるの足は動かなかった。
――こんな気持ちのままで一人になるのは、何だかやりきれない。
そうは言っても、寒空の下で何時間も過ごすわけにはいかない。
「これから、どうします? 飲み直しますか?」
すると、葵のほうが先に口を開いた。彼なりに気を使っているのかもしれない。
「もう、お酒は……」
ワインだけでほろ酔い気味のみちるは、これ以上アルコールを口にする気にはなれなかった。今夜酔ってしまったら、後悔しそうな予感がした。
「また、今度にしませんか? 今夜はごちそうになってしまったので、次は私が……」
みちるの言葉を遮って、葵がざっくばらんに言う。
「実は、ホテルのスイートも予約してあるんです。どうですか、これから俺と一緒に」
「は、はあっ?」
思いがけない誘いに、みちるは驚いて飛び退いた。
「スイート?」
確認するように繰り返す。
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