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4 お見舞い
宿で休んでいたら医者が来て、その後に花が届いた。
そして翌日の朝、本人が来た。
「……」
侍女と使用人も一瞬、言葉を失った。
そこで私は自分の立場を思い出した。
「元帥様直々にお越しくださるなんて、身に余る光栄です。昨日は本当にありがとうございました」
「タミー。具合は?」
「はい、良くなりました」
「5日は安静にしておいたほうがいい。これを」
部屋に招き入れていいものか迷っていると、リボンのかかった箱を渡された。
「少し話を?」
「あ? あっ、はい。ええ、もちろんです。どうぞ」
緊張してしまう。
侍女に箱を渡そうとした時、既に背中をむけて椅子を引いていた元帥がこちらを見ずに言った。
「お気に召すか自信がないが、貴女への贈り物だ。どうだ?」
侍女と無言で頷きあって、箱を開ける。
出てきたのは上品な手鏡。
「……」
再び侍女と目を合わせ、瞬きで話し合う。
「……まぁ、素敵ッ!」
「そうか、よかった。使えそうかな?」
「ええ、はい。日常的に、とっても」
もらう理由が、ないと思うけど。
そうこうしているちに使用人がお茶を出した。私は元帥の向かいに座って、手鏡を手にしたまま改めてお礼を言った。
元帥は、無表情で相槌をうつ。
艶のある黒髪に、深い緑の瞳がとても素敵だ。聡明で威厳に溢れ、堅実で実力があり勇敢。誠実かどうかはわからないけれど、そこまで気にする必要はない。
日記に書かなきゃ。
私、旅行で王都に行ったとき元帥様とお話しする機会があったのよ、って貴重な話題だ。それだけで次の縁談までこぎつけるかもしれない。
「つかぬことを聞くが、若い令嬢が一人旅とは意外だ。理由は?」
「理由。そうですね……」
聞かなくても、いいじゃない。
こう言っては失礼だけど、元帥様って、無粋ね。
「父上か母上が病気?」
「いいえ、健在です」
「兄弟が王都に?」
「いいえ、兄と姉と弟が、家に」
「一人旅が好きとか?」
もう、それでいい。
「はい。そうなんです」
「それはよくない」
あー……
「タミー」
「……」
どうしよう。
元帥の厳めしい顔に、お説教の色が浮かんだ。
私は目を逸らした。
「近年、活動的な女性が魅力的という風潮があるのは知っている。それを否定するつもりはない。だが未婚の女性がする事だろうか。少なくとも、貞操を疑われるようなふるまいである事は理解できるか?」
「ええ」
気持ちが、声に出てしまう。
貞操に口を出すなんて、本当に無神経。
「君は奔放な性格には見えない。芯は強そうだが、だからといって無敵ではないぞ」
「気をつけます」
手鏡を握りしめて、極めて冷静に答えた。
「怒らせたようだ。貞操は堅いか。失礼した」
「いいえ。人の想いなんて、どうにもできませんから」
まったく忌々しい。
無神経なんだから、私が不機嫌だって気づかなくてもいいのに。
「なるほど。それで、君を傷つけた男の名は?」
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