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6 元帥の妻
侍女と使用人が元帥の後ろに回り込み、笑顔で頷いている。目をくりんとさせて、眉をグイグイさせて。おかしな顔だけど、言いたい事は伝わってくる。
この縁談は逃すべきではない。
そう伝えているのだ。
「……元帥様。返事はす」
すぐではないといけませんか、と聞く事について、私の侍女と使用人はよく思っていないみたい。彫刻のような元帥の後ろで、侍女が目を剥いて眉を高速で上下させている。初めて見たけど、すごい。
「背中から圧力を感じるが、君の正直な気持ちで構わない」
「あ……」
使用人全員が首を振っている。
ついには侍女が、頭上から元帥を指差し、殺しそうな顔で小指を結んだ。
「私の気持ちは……ご覧の通り、驚きと困惑です」
「そうだろう」
「あと、お言葉、とても感謝します」
「ああ、ありがとう」
「手鏡も素敵」
「よかった」
元帥が破顔した。
優しそうな笑顔だと思った。
こういう道もありなのだと、素直に思えた。
「宜しくお願いします」
「ああ……」
元帥が静かに目を伏せた。
テーブルの上で組み合わされていた大きな手が、小刻みに震えていた。
私の夫になる男性は、そういう心の持ち主なのだと思った。
目の前の出来事に圧倒されているうちに、私は元帥の妻になっていた。
彼は多忙で、私は大きな屋敷にひとりで暮らしているような気がした。彼の使用人と私の連れてきた使用人が繊細な人間関係を築いている間、言葉を忘れないように独り言を覚えたほどだ。
彼が帰ってくると、緊張した。
けれど彼もまた、私を前にして緊張しているようだった。
「何か、困った事はないか?」
「いいえ、ありません」
「それはよかった」
手袋を外しながら、目を逸らして微笑んでいる。
「2日ほど滞在できる。ああ、滞在できるというのは、すまない。違う」
「いいえ」
「何か、楽しい事はあったか?」
「いー……あー、はい」
「無理に答えるな。遠慮せず友人を招いてくれ」
侍女は助けてくれない。彼女は夫婦で過ごす親密な時間が必要だと考えている。お茶は淹れていってくれた。
「……元帥様」
「ジョザイアだ」
わかっている。
「この世で俺を名前で呼べるのは、君と陛下だけだ。できたらで構わないが、早く慣れてくれ。人間に戻りたい」
「……」
妻の座は重い。
けれど彼は、その重責から私を守ってくれている。
「ジョザイア」
単語だと思えば。
いいえ、だめ。
人の名前を記号みたいに口にしちゃ駄目。
心を込めて呼び直した。
「ジョザイア」
手袋を外し終えた彼が嬉しそうに微笑んだ。
「こんばんは」
口をついて出た挨拶に自分でも笑ってしまったけれど、彼も笑って、私と目を合わせてくれた。
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