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7 ふれあいの約束
「こんばんは、レディ・タミー・カヴァデイル」
「お茶はいかが?」
「いいな。頂こう」
とりとめのない話をして、バルコニーに出た。
夜風は少し冷たくて、水の匂いを含んでいる。雨期に差し掛かろうとしていた。
「出掛けないのか?」
「噂になるのが嫌で」
「家にばかりいたら気が沈むだろう。何か考えよう」
「一緒に出掛けるのは?」
彼は一瞬黙って、夜に目を投げた。
月灯りで眺める自分の夫が、とても遠くにいる気がする。
気がすると言うより、ものすごく遠い。
「私としては、友達よりも自分の夫と過ごしたいのですが」
「……そうだな」
「お立場は理解しています。自分の立場も。だけど、たまに会ってお茶を飲むだけでは、知り合いにはなれても……家族にはなれません」
さっきまで微笑んでいたと思っていた彼が、いつの間にか無表情になっていた。余計な意見をしてしまったのかもしれない。
次に聞いた彼の声は穏やかで、とても硬かった。
「君がもし早くに子供を欲しいなら協力する。俺から強要はしない。ただひとつ、頼みがある。他所では作らないでくれ。嫡出云々じゃなく、君を所有されたくないんだ」
「もちろんです。あなたのお気持ちはよく理解しています」
「ありがとう」
彼は私と目を合わせる気がなくなってしまったらしい。そうなると私からは何も言えない。何を言ってもいいかわからないし。
「またそれかと思うかもしれないが」
「?」
手すりに乗せた彼の手が、少し震えているように見えた。でも暗くて、見間違いかもしれない。そうじゃないかも、しれない。
「俺は、軍人だ。君に触れて嫌われるのが恐い」
「だけど、私から触れたのではまた……」
「そうだった。失敬した」
彼が小さく笑った。
出会った次の日、私の一人旅を貞操観念を疑われても仕方ない軽率な行動だと小言を言った人だ。でも真偽を確かめず責めるような人ではないとわかっている。
「嫌だと言われてからでは遅い気がする。どうしたら、君に触れていいか、いけないか、判断できる?」
「私の目を見てください」
彼は手すりから体を離し、私のほうを向いた。
そして仔犬のような表情で私を見つめ、黙り込んだ。
なんて可愛らしい。
心の中に愛情のようなものと、可笑しさが膨らんで私は笑った。
「俺の妻は、完璧だ」
それは独り言だったので、聞こえないふりをしておいた。
「タミー。今から君の手に触れる」
「はい」
そっと両手を掬われた。
大きな手は、片手で私の両手を包んでしまえそうだった。それでも、大切なものを触るように、そっと、両手を握られている。
見つめ合うと、胸が高鳴り、苦しくなった。
「君に誓いのキスをしなかった」
彼の掠れ声が風に舞う。
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