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<1・おはよう。>
人生は、選択の連続だ。
今日はちょっと涼しそうだから、上着を一枚多めに持っていこう、とか。あるいはなんとなく静かな道を歩きたいから、今日は表通りじゃなくて一本裏の道を歩いてみよう、とか。そういう些細なこともまた選択と呼ばれるもので、人はいつも何気なく行動を選び、選ばなかった何かを切り捨てている生き物である。
そう。時に、本人とってはなんとなく気まぐれ程度で選んだ選択が。後に自分の、あるいは誰かの人生を大きく左右してしまうこともあるわけだ。
それこそ上着を一枚選んだ時間で、うっかり電車に乗り遅れたとか。
裏道を行ったせいで、表通りで起きた交通事故に巻き込まれずに済んだとか。
そんな程度の選択で人生はあっさりと変わる。ならば、人と人との関係なんてさらに複雑なものだろう。
それこそ、人はたった一言で、人を殺してしまうこともできるのだ。
同じ“一言”で、誰かの命を救うこともあるというのに。
「う……うう……」
何か、とても懐かしい夢を見ていた気がする。あるいはとても残酷で、悲しい夢だったような気も。
残念ながらその内容はまったく覚えていない。ただただ胸が苦しいような、奇妙な感覚が残っただけだ。
人間は不思議な生き物である。時に記憶はないのに、抱いた感情だけやけに胸に強く刻まれていたりするものだ。今の西園楽人がまさにそうであるように。
――なんだ?……ふとんが、硬い?
頭が段々すっきりしてくれば、違和感は如実に現れる。頬の下の地面がやけに冷たい。序になんだか埃っぽいしざらざらするような気がする。どんだけ徹夜しても、机で眠ったことなんてないような楽人だ。布団を敷くのを忘れたとて、床で眠るなんてことあるはずもないというのに。というか、そもそも自分の家ならば、床にカーペットを敷いているので冷たいなんてことはないはずなのだが。
「!?」
おかしい。一気に意識が覚醒した。はっとして目に入ったのは、茶色のフローリングっぽい床である。あちこち砂が入っているのか、ざらざらしていてお世辞にも綺麗とは言えない。これでも結構マメな方だ、掃除は細かくしているし自宅でもなんでもない床で眠るなんてしようとも思わないはず。何か、明らかな異常事態が起きている。慌てて体を起こして、楽人は背筋が冷たくなった。
「何処だ、此処は……!?」
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