遺言書

3/7
前へ
/7ページ
次へ
 私が小学六年生を迎えるころ、父と母は離婚しました。離婚の理由は聞かされず、私は父に引き取られました。どちらに付いていっても私はいつもどおり殴られるだけだったでしょうから、離婚したとして何かが変わるわけではありません。父は次第に酒の量を増やし、それに伴って私の身体にも痣が増えていきました。  心を壊しかけていた私を救ったのはいつもぺしぇちゃんでした。しかし、彼女の言葉に、笑顔に、存在に魅了されると同時、私は自分が女であることを恨みました。徐々に膨らんでいく胸が、血を流し始めた子宮が憎たらしかったのです。血の付いたナプキンを見下ろしたとき私はそこに「じぶん」が宿っている気がして、何度も何度も子宮が収納されている辺りに拳を振り下ろしました。  あるとき、私は家族のことをぺしぇちゃんにを相談しました。彼女が「私たち似てるね」と答えるから問い詰めてみると、どうやら彼女も両親からそういった暴力を受けていたらしいのです。運命とさえ思いました。このとき初めて私は父に感謝しました。私が「二人でみんな殺してしまおう」と言うと、ぺしぇちゃんは困ったように笑い、「殺人はダメだよ」と言いました。  当時の私は、天使のような彼女を傷つける奴は、どのような手段を用いてでも殺すべきだと考えていたのです。だから殺人の計画を綿密に練り、それを彼女に伝えました。私は本気で同意してくれると思っていましたから、「ダメだよ」と言って笑うぺしぇちゃんが不思議でなりませんでした。 「たぶん、愛情の裏返しなんだよ」  別れ際に彼女の放った言葉など到底私ごときには理解することができませんでしたが、とにかく今になって考えてみれば、私は彼女の手を殺人の色に染めさせようとしていたのですから、想像の足りていなかった幼い自分が恐ろしくてなりません。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加