遺言書

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 週末、私はぺしぇちゃんに内緒で彼女の家を目指しました。両親を殺すためではありません。そのための偵察を行うつもりでした。二人の人間を殺すために、まずは準備をする必要があると思ったのです。  私は大学に上がるよりも早く自動車の免許証を取得していましたから、家の近くのレンタカーショップで借りてきた車を彼女の家の前に停め、そして車の中で待機していました。すると、突然ぺしぇちゃんの家から怒鳴り声が聞こえてきたのです。そして、続くように小さな悲鳴がありました。それは間違いなく、彼女の声でした。堪えるような、悲しい声でした。私は彼女を助けなくてはなりませんでした。だから私はバッグからナイフを取り出し、車を降りてインターホンを鳴らしたのです。  ぴんぽーん、間抜けな電子音がすると、家の中は静かになりました。しばらくして、どん、どん、と鈍く地面を打つ音がこちらへ近づいてきます。「はい」、学校の先生に電話するときのような高い声と供に、玄関が開きました。出てきたのは彼女の母親でした。まずは彼女の心臓めがけてナイフを突き立てます。「きゃっ」と短い声が聞こえましたが、ぺしぇちゃんの悲鳴に比べればどうってことありません。  靴を履いたまま廊下を進んでいくと、そこには倒れたぺしぇちゃんと父親がいました。目を開いてこちらを見ている父親の顔に、そのままナイフを突き立てます。それから今度は、顔を押さえて蹲った彼の背中に思いっきりナイフを振り下ろしました。一回、二回、三回と彼の背中を刺すころには、もうぺしぇちゃんを苦しめるものはいなくなっていました。 「助けに来たよ」  私が言うと、彼女は目に涙を浮かべ、肩を震わせたまま首を横に振りました。恥ずかしながら私は、その姿を見ていとおしさを感じてしまい、思わず「ねえ、もう一回しよ?」と問いかけてしまったのです。わかっています。人を殺した直後に性欲を感じるなんて異常だなんて。でも、そういう常識を覆してしまうほど彼女は美しく、愛おしかったのです。  肌を重ねている間、彼女はずっと泣いていました。どうやら彼女はその日生理が来ていたようでしたが、指に絡みついた彼女の血液が、私の体内に籠もった熱を冷ましてくれるようだったのです。彼女との行為が終わってベッドに寝そべっているとき、死体たちをどうしようかと考えました。その時、遠くからパトカーのサイレンが聞こえたのです。もしかしたら母親を刺した瞬間を見られていたのかもしれません。私は急いで服を被り、ベランダから外に出ました。彼女は泣いていました。
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