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晩夏、闃とした月夜。嫋々とした夜風。俺は嫁と同じく浴衣姿で縁側に座り、お互いに団扇を使うことなくして琴瑟相和した夫婦水入らずの涼みを楽しみながら寛いでいた。
夜でも窓を閉め切って空調を利かしている隣家を見ると、心底バカだと思う。況して発電所が化石燃料を燃やすと温室効果ガスの二酸化炭素を排出するから成るべく省エネして電力を使わないようにしなければいけないのに全く馬鹿野郎だ。それを尻目に俺は幸い我が家が空き地に面していて雑草生い茂る草陰で鳴く鈴虫たちの声を聴けるから心安らぐ。嗚呼、天然の鈴の音と言えようか、消え入るような何と儚げで繊細な尊い音色だろう。軒先に吊るした風鈴と相俟って清涼感に酔いしれる。全く好い晩だとつくづく感慨に耽っている折、「ヨ~!ヨ~!チェケラッチョ!あの天の川とミルキーウェイは同義語だヨ~!ギャラクシーだヨ~!お前の絶壁頭とサイコロは同義語だヨ~!ボクシーだヨ~!お前の嫁とロケットおっぱいは同義語だヨ~!セクシーだヨ~!夜中の酔っぱらいと女ったらしの帰りは同義語だヨ~!タクシーだヨ~!」とラップの積もりで身振りを交えながら騒ぎ立てる近所のバカ友がやって来た。要するに心安立ての唐突なバカ騒ぎだが、傍若無人にも程がある。で、俺は言ってやった。
「ラップに嵌るのも大概にしろ!」
「ヨ~!何だヨ~!怒るなヨ~!調子良いヨ~!チェケラッチョだヨ~!」
「調子よくねえよ!お前、相当酔ってるな!」
「酔ってるもんかヨ~!酒飲んで悪いかヨ~!悪い訳ないんだヨ~!チェケラッチョだヨ~!」
「お前!全然イケてねえぞ!それどころかサイテーだ!」
「そうよそうよ!サイテーの飲んだくれのセクハラ男よ!」と嫁にも言われると、「何だヨ~、怒るなヨ~、センスねえかヨ~、チェケラッチョだヨ~」とバカ友は最初の威勢の良さは何処へやら、弱々しく言いながらすごすごと門に向かって行った。
「竜頭蛇尾になっちまったのはいいけど門開けといたのがいけなかった」と俺。
「ほんとにねえ」と嫁。「独りもんだからヤケ酒飲んでた結果、ああなったんじゃないの」
「だとすれば嫉妬してるのかもな」と俺。
「きっとそうよ、で、あのラッパー擬きになったって訳よ、アッハッハ!」と笑い飛ばす嫁。
「確かに言えてる。笑える。アッハッハ!」と俺も笑い飛ばす。「しかし、絶壁とは言いやがったな」
「ふふふ、私はロケットおっぱいと同義語だって」と嫁。「やっぱり大きいからかしら?」
「形も好いしな。で、間違いなく妬いたんだな、やっこさん」と俺は言って嫁と笑い合う。そして再び静寂が訪れ、鈴虫の鳴く声が明瞭になり、情趣が深まり、好い晩が戻って来た。
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