暴走のシンギュラリティ

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 それは8時間ほど前だった。お台場の広場には人だかりができて、高く張り巡らされた覆いが外されるのを今か今かと待っていた。  広場の隅のテントの下で、丹波は大型コンピューターのスクリーンを見つめながらキーボードを操作していた。  ラフな服装の30代の社長が近寄って来て、愛想笑いを浮かべながら丹波に訊く。 「どうでしょう? 何か問題は見つかりましたか?」  丹波は首を横に振りながら答える。 「特にないようですね」 「では、警察の許可は下りたという事で?」 「はい、書類の手続きは済んでますし、僕が来たのはあくまで念のための最終確認ですから。ま、テロリストに乗っ取られる心配はないと判断します」  社長は巨大な覆いの前の壇上に立ち、マイクを持って集まった見物人たちに呼びかけた。 「みなさん、お待たせしました。では遂に、わが社が開発した、自立型人工知能を備えた実物大人型ロボットの登場です」  テント生地の覆いが下へ降ろされ、往年の人気アニメの人型ロボットが姿を現した。全高18メートルの戦闘用ロボットをそっくり再現した全身が見えると、見物人からどっと歓喜の声が響き渡った。  人気の若い女性アイドルが歩いて来た。社長は壇上にそのアイドルを招き、マイクを彼女に向けた。 「このロボットの最大の特徴は実際に人が内部に搭乗できる事です。ミルナさんはこのアニメシリーズのファンだったそうですね」  そのアイドル、ミルナは満面の笑顔で答えた。 「はい! レプリカでも、これに乗れるなんて夢のようです」 「まあ、操縦はAIが全てやりますから、ミルナさんは座っているだけでいいんですけどね。このロボットにはもう一つ画期的な特徴があるんです。インターネットに常時接続されているんですよ」 「マネージャーから聞いてはいるんですけど、具体的にはどういう事ですか?」 「ネットの情報、特にSNSですね。それに常時接続して、行く場所とかを自分で判断するんです。ネットを通じて人々の要望を自動的にかなえるという実験のための仕組みです。太陽光発電パネルと大容量全個体電池が組み込まれていて数日はエネルギー補給なしで稼働し続けるという優れものなんですよ」 「わあ、すごいですね。コクピットから見える街のながめがどんな風なのか、楽しみです」  ロボットの胸の位置にあるコクピットにミルナが乗り込み、胸の装甲板が取り付けられて、彼女の姿は中に隠れて見えなくなった。 「ではみなさん、ご覧ください! 記念すべき、完全自立型AIロボットの第一歩を!」  社長の絶叫と同時に、ロボットが右足を踏み出す。ズシンという足音と振動が辺りを揺るがす。  そのままロボットは広場を横切り、交通規制が敷かれた道路へ出た。女性アイドルを乗せて、広場の周りを一周し、30分ほどで元の場所へ戻ってデモンストレーションを終える。そのはずだった。  ロボットの動きをモニターしている広場のテントに下では、ロボットの開発会社のエンジニアが驚きの声を上げていた。 「おい、変だ! コースを外れている!」 「中止コマンドを……どういう事だ? コマンドを受け付けない!」 「ハッキングか? 警察の人、何か異常は?」  丹波が自席のコンピューターを操作して首をかしげる。 「AIには何の異常もない。ネットへの接続も通常モードだ。どういう事だ?」  
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