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身体を拭き終えた白檀香が、フンっと鼻を鳴らして座敷に座る。
腰まである白髪を横に流したことで、白い首筋が露わになっていた。この部分だけ切り取れば色気があると言っても良い、中身が三百歳を超えているという点を除けば‥‥
「さっきからブツブツ煩いわ」
白檀香は朝顔を描いた扇で自身を煽ぎながら、眉を顰めて俺を見つめた。
確かに心の中ではぶつぶつ言っていたが、口には出ていなかったと思う。
「なんも言ってねぇだろ」
と言って俺が口を尖らせると、白檀香は「その顔が煩い」と、扇の先端を俺に向けた。
「失礼だな!」
立ち上がって叫ぶ俺の横で、如月が呆れたように煙を吐いている。窓から入ってくるじっとりとした風が、部屋の空気をかき混ぜて、また外に戻って行く。
「街の様子はどうだった?祭りの晩っつうのは、あやかしどもが湧いて出るもんだ。忌の神も同じく、尻尾を出すかもしれない」
咥え煙草で窓の縁から降りると、如月は横にあった机に頬杖を付いた。俺たち三人が揃う時は、たいてい忌の神の話しが議題に上がる。
初めのうちは、悪事を暴くことに集中していたのだが、数週間前から事態は急変。全ての手順をすっ飛ばし、忌の神討伐を決めたのだ。
「忌の神。冥界の穢れを一身に背負わされた所為で、八尾萬の者どもに忌み嫌われた神‥‥」
白檀香はそう呟くと、扇子で口元を隠しながら如月を見遣る。
「なかなかに本質をついた呼び名だが、もうその名を使う必要はない。やつらの正体はとっくに分かっているのだから」
それを聞いた如月は、そうだな、と小さく言った。
吸い終えた煙草を灰皿に押し付けると、机に並ぶ酒瓶の中から、茶色く透き通ったボトルを手に取る。電氣ブランと書かれた瓶を傾けると、トクトク音を立てて陶器のグラスに注がれる。
忌の神の本当の名を話すには、酒の力が必要なのだろう。
そんな如月の気持ちを表すように、薬草を強めに効かせた気付け薬のような香りが、蒸し暑い部屋に満ちていった。
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