忌み神の匣

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 しかし、寺が火事になるなんてよっぽどだ。考えられるとすれば、線香の火の不始末か、お焚き上げに失敗———そこまで考えた時、隣に居た落合さんが、力無くその場にしゃがんだ。 「呪いだ、これが呪いの力だ」  落合さんの妙に静かな声が聞こえて、よくよく彼を見ると、頭を抱えて俯いていた。どういうわけだか、落合さんは憔悴しきっていて、ぶつぶつ何かを呟いている。 「落合さん、しっかりしてくださいよ。一体どうしちゃったんですか」  微かに震える落合さんの肩に手を置くと、焦りや怒りに似た感情が流れ込んでくる。まずい、と思った瞬間、俯いた落合さんがゆっくり顔を上げる。 「梢は、大條寺へ箱を持ってったんだよ」 「いやいや、梢さんがいくらお願いしたとしても、霊験を積んだ住職なら突き返すに決まってる。だってアレには神示協会と教祖の名前が刻まれてるんですよ?」  落合さんに言い聞かせるようにして、平静を取り戻そうとした。梢さんが大條寺へ箱を持って行ったとしても、住職なら引き受けない。しかし、修行を積んでいなければ呪詛の気配に気づかず、受け取ってしまう場合もある。もし、破戒僧の失態が火事を引き起こしたとすれば、梢さんの身も危ないだろう。 「一番初めに落合さんが訪れたのは、大條寺じゃないんですね」 「ああ、俺が行ったのは、駅の方にあるもっとデカい寺だ。大條寺は小さい上に歴史も浅いからな」 「よりにもよって、そんな寺に持ってくとは‥‥梢さんも天然ちゃんだな。んで、住職に会ったことは?」  俺の予感は当たったらしい。  シャツのポケットに手を忍ばせて、術に使うカタシロの枚数を確認する。手元にあるのは五枚。火事を沈めるにはを使うしかないが、野次馬が集まる場所で派手な術は避けたい。
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