忌み神の匣

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「町内の寄り合いで一度会った気がするが、静かでムスッとした印象だったな。檀家さんとも金絡みでイザコザになったらしい」  寺へ寄付金を渡す檀家から、指示を得られない住職。仏教の規律を破り、金銭欲から俗世の未練を捨て切れず、獣の肉を食い臭気を発しているのなら、呪物の気配に気づかないのも頷ける。 「生臭坊主が箱を受け取ってお焚き上げをしたのなら、梢さんの身が危ない」  俺は直ぐに落合さんの肩を叩き、背負ったバッグパックのベルトを締める。 「一迦道さん、俺はどうすれば‥‥」  引き留めるように俺の腕を握った落合さんは、消えるような声で呟いた。そのゴツゴツとした指はじわりと湿っていて、驚くほど冷たい。  俺はそっと落合さんの手に自分の手を重ねる。 「落合さんは梢さんが帰ってくるよう、神さまに祈ってて下さい。大丈夫。その祈りは絶対に通じるんで」  「んじゃ、ちょっくら行ってきますわ」心配をかけぬように笑ってみせると、落合さんは複雑な面持ちで顔を上げた。梢さんを見つける算段はないが、今は大條寺へ向かうしかない。  ひとまず人目につかない場所で姿を消すため、はったりとも取れる言葉を残し、落合さんの家を出た。 「死してなお人々を苦しめる教祖か‥‥」  己の利益を重視し人々の犠牲を顧みず、無償の信仰を元に呪物を作り上げようとした神示協会。そして、報酬や見返りを求めず、人間のために尽くし続ける駿河七神。その二つは対照的に見えても、独善的という意味では似かよっている。  自分たちだけが正しいと、ひとりよがりな思想に耽り、物事の本質を見誤っているのではないか。自分の失態で呪物が蘇ったことにより、梢さんの身に危機が迫っているとしても、彼女だけを助けるのは、人間の道理に反しているのではないか。火事をきっかけに命を落とす人間は山のようにいる。同情の余地はあっても、それが運命であり、俺たちが介入すべきでは無いのかもしれない。
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