忌み神の匣

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 これから敵地へ乗り込むともなれば、人界に合わせていたチャンネルを神界へ変えなければならない。人々に目視できない身体———指を鳴らすことによって受肉を解き、俺は霊体へと変化する。全ての術を生前同様に再現出来る身体であれば、人目を避けて梢さんを助けることも叶うはずだ。 「箱の回収と梢さんの救出。そのどちらも出来てこそ、駿河七神の術師に相応しいよな」  こうやって自分にプレッシャーをかけると、駿河七神のあるべき姿が見える気がする。  心を決めた俺は、一緒に霊体化させたバッグパックのベルトを片手で掴むと、住宅の塀をよじ登った。大條寺の前方では、消火にあたる消防車が放水しているだろう。水飛沫で視界が遮られるのを避けるため、裏口へまわる計画だ。  塀を登り終え、住宅の屋根に飛び移り、大條寺へ向かって走り出す。高い位置へ移動したのは、視野を広く保ち、呪物の気配を感じるためなのだが、大條寺の数軒隣まで来ると、突然ざわざわとした声が鼓膜に響き、足が止まった。 「箱から発せられる信者の声‥‥? いや、念か?」  定胤さま、桜子さま———嗚呼、なんと麗しい御姿!神示協会こそが正義。人々を救う大神様よ———  百人以上の群衆が脳に直接話しかけてくるような感覚。頭が割れるように痛む。想像よりも重い呪物の気配は、精神を蝕むようにして、俺の心に入ってくる。  憎きあいつを殺して下さい。私の右眼の代わりにあの女を殺めて下さい———肝臓? 肝臓一つで夫を殺して頂けるんですか?———あはははっ!神示協会は、全ての悪意を排除し、善意に溢れる世界を作る。神に祈れ———人々よ、神を信仰するのだ——— 「‥‥‥‥うるせぇ、俺の中に入って来るな」  俺は自分の手のひらを握ると、作った拳で右頬を殴った。少しでも気を抜くと精神まで持っていかれそうだった。
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