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身体が動いた拍子に、カラン、と音がして屋根に何かが転がった。ふと足元を見ると、五センチほどのビー玉が転がっている。
月の光を受け玉虫色に輝くそれを見て、桜子の顔が頭を過ぎる。
「呪詛から身を守るように」と言って、俺に渡してきたのだが、なんの術も施されていないので、もちろん効果はない。それでも、なんとなく捨てられなくて御守りがわりに持ち歩いていた。
「このビー玉に私の想いを込めておいたので持ってて下さい。あと、如月さんのこともお願いしますね」
勝手に桜子の声がよみがえる。
俺の身を案じているような口振りだが、結局如月かよ。と大笑いした記憶があった。それでも肌身離さず身に付けているのは、桜子の気持ちが嬉しかったから。
しかし、なぜ落ちたんだろう。と思いながら、ビー玉に触れた瞬間、スッと頭痛が引いた。呪物の気配は相変わらずだが、ザワザワと耳障りな声は小さくなった気がする。
「へぇ、桜子のやつやるじゃねぇか」
桜子の加護を受けた俺は、ヒリヒリと痛む頬を撫でながら、目前に迫る大條寺を見つめた。
庭木は黒く焦げ、建物のそこかしこに火の手が上がっている。もうもうとした煙に包まれる寺は、全貌を確認することが出来ない有り様で、この中に梢さんが居るとすれば、一刻を争う事態だろう。ここで油を売ってる場合じゃない。
俺は脇目も振らず、大條寺の庭へ飛び降りた。
ブロック塀に囲まれた敷地は、見るも無残に焼け焦げている。だが、そんなことを気にしている余裕はなかった。直ぐにでも箱を見つけて回収し、梢さんの安否を確認しなければ。
「どこにあるんだよ‥‥クソ、煙くて前が見えねぇ」
焼け落ちた柱の間から本堂へ入ったのは良いが、充満した煙の所為で視界が悪い。これじゃあ梢さんが居たとしても、見落としてしまいそうだ。
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