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しかし如月は、白地に藍色の染付が映える器を、何も言わずに差し出した。
その器を受け取った瞬間、自分の指先が微かに震えていると気付く。
忌の神が現れたということは、あの事件の再来を暗示し、俺たちの選択が間違えたことを意味する。
つまり、忌の神の実名を口にするのを憚っているのは俺も同じということだ。
「禍津神、またこの名を口にする日が来るとは‥‥」
如月は苦々しくそう言うと、湯呑みに電氣ブランを注ぎ、ごくごくと一気に呷る。
電氣ブランを飲み干した如月が、常温で飲むもんじゃないな、と顔を顰めた。そう言われると気が進まないが、酒の力に頼りたい一心で飲み口の薄い陶器に口を付け、電氣ブランを流し込む。色々混ざり合った嫌な甘さと、度数四十度のアルコール臭が、俺の喉を焼き付けた。
「あいつの狙いはなんだろうな」
煙草の煙のような声で呟く如月の横で、白檀香は扇子で自分を煽ぎながら溜息を吐いた。
「さぁな、それが分かれば苦労せんよ」
数百年前、禍津神を信仰する神示協会を失墜させる為、駿河七神のかしらである如月が指揮を取った。教祖と信者ともども根絶やしにすることは出来たが、根源である御神体と禍津神は封印出来ずに終わった。
もちろん、慧眼を使って教祖に禍津神が宿っていると判断したのちに作戦を実行した。輪廻を断ち、身体の再生を阻止する妖刀で首を刎ね、心臓を貫き、屋敷を隅々確認したのちに火を放った———完璧に見えた作戦、しかしそれは、教祖の身体に禍津神が宿っている場合でしか意味を成さない。
「俺たちが殺したのはただの教祖、禍津神は御神体に取り憑き、教祖を器に選ばなかった‥‥最期までな‥‥」
そう言いながら、俺は唇を噛んだ。
あの日、屋敷へ行った日、教祖がただの人間であることに気付いていれば‥‥禍津神の宿る御神体を早く見つけていれば‥‥純真無垢な高校生を巻き込むことにはならなかったのだ。
それは、他の誰でも無く俺たちの落ち度、駿河七神の詰めの甘さを物語っている。
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