忌み神の匣

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 中庭へたどり着くと、俺は梢さんを抱えたまま塀をのぼった。幸い塀の向こうに野次馬は居らず、消火に当たっている消防車が表に集まっているおかげで、消防士の姿もない。  全て作戦通りだった。  俺は梢さんに衝撃が伝わらぬよう、そっと向こう側へ飛び降り、梢さんを塀にもたれるようにして寝かせた。そのまま、周りに人がいないのを確認すると、シャツのポケットからカタシロを取り出し、真言を唱える。 「召命———送り犬」  瞬間、甲高い咆哮とともに大きな犬が現れた。  数百年ぶりに見る二メートル越えの巨大。クンクンとあたりを嗅ぐような仕草のあと、藍色の瞳に俺を捉えた送り犬は、行儀良くその場に座って頭を下げた。 「久しぶりの現世はどうだ? 知らん匂いばかりだろ」  垂れた頭を撫でてやると、送り犬は嬉しそうに喉を鳴らした。主人に従順で人懐っこいので扱いやすいのだが、この大きさだと人の目を引いてしまう。 「このままでもじゅうぶん可愛いが、もうちょい小さくなれるか?」  黒々とした毛に指を滑らせて言うと、送り犬はあざとく小首を傾げる。久しぶりだから意思の疎通が難しいのかもしれない。 「ええっと、あれだ。ハスキーとかゴールデンとか、大型犬くらいのサイズ」  ほら、こんぐらい。と、両手で大型犬ほどのサイズを作ったが、送り犬には伝わらないらしく、首を傾げたままパチクリと瞬きをした。 「んー、じゃあ柴犬ならわかるか?」  ウォンっ! と吠えた送り犬の身体が光を放った。その光が徐々に小さくなると、最後には中型犬ほどの光の結晶になる。   「それくらいでいいだろう」  そう言うと、送り犬は光るのをやめた。  代わりに現れたのは、真っ黒な中型犬。ハッハッと舌を出して擦り寄ってくるさまは、そこら辺の柴犬と変わらない。これなら人目を引くことなく、梢さんを助けられるだろう。
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