忌み神の匣

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 普通なら「よくやった一迦道」やら「お前怪我はないか?」とか、労いの声を掛けるものだと思う。というか、貂蝉がそう言ってくれると信じて、箱を持ってきたのだが——— 「なんてもん持ってきてくれたんだテメェ」  労うどころか心底嫌そうな顔をして、数歩距離を取られた。その早さ風の如し。 「これか? これはかの有名な定胤先生の呪物が入っていた箱だ。こいつのおかげで寺が一件壊滅したのは誤算だったがな」 「寺が壊滅? そりゃどういうことだ」 「霊感が全くない生臭坊主が、ホイホイお焚き上げしちまったのさ。呪物は意志を持つ。炎から逃れようとした箱が、建物に飛んでったかなんかしたんだろう。あっという間に燃え移り、寺は全焼。死者が出なかったのは不幸中の幸いだな」  煤で汚れたシャツを払い、懐に手を入れて煙草を探した。しかし、内ポケットにあった煙草は水没したように湿気ている。  仕事終わりの一服ができないなんてついていない。水の相を使った時に濡れてしまったのだろう。 「中身は?」  変わり果てた煙草に思いを馳せていたら、貂蝉が今にも掴みかかりそうな形相で言った。  そういう反応になるのも仕方ない。なにせあのときの俺たちは「御身体はなかった。たぶん、教祖が処分したのだろう」と貂蝉に伝えていたし、あれから数百年立っても出てこなかったのだ。  のこのこと桐の箱を持って現れたら、あの言葉は嘘だったのかと思うに決まっている。 「残念ながら中身は空だ。落合さんが網で引っ掛けたときには、すでに仏像はいなかったらしい」 「お前、これがどういうことか分かっているのか?」  ズズズ———地響きに似た嫌な音がして、貂蝉の身体に赤いオーラが纏わりつく。形のいい唇から覗く白い歯が、チッと音を立てたかと思うと、荒ぶる波を形成して俺に向かってきた。
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