忌み神の匣

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 わかるよ貂蝉。  お前が俺たちの失態を怒っていることはよく分かる。でも、今さらやり合ったって過去の過ちは消せない。だから俺は、顔の前で手をかざした。   「まあまあ、落ち着いて話そうや。俺は言い訳をする気もなけりゃ、罪を押し付ける気もない。さっきだって自分を恥じ、懺悔で泣き崩れ、酒も喉を通らなかったんだ」  「こう見えてもな」言いながら、貂蝉の怒りを手のひらで跳ね返した。それを腕で受け流した貂蝉は、諦めた様子で目を閉じる。少し遅れてブワッと風が舞った。 「如月とお前がどうしようもないクソ野郎だってことを、あたしはすっかり忘れていたようだ」  貂蝉は赤く光る瞳を伏せて、着物の打ち合わせから煙管を取り出した。 「その話しとやらを聞いてやる。だが、これを吸い終わるまでだ」 「ああ、時間は取らせねぇよ」  俺の言葉に合わせて、貂蝉の指が煙管の先に触れる。煙草の葉の燃える匂いが静かな境内に漂う。俺は羨ましく思いながらも、落合さんと桐の箱の顛末を話した。 「最悪だな」  貂蝉は煙管を賽銭箱の角に打ち付けながら、重々しい口調で言った。それにしても、怒っているときの貂蝉は美しい。結った射干玉に金の簪。身に纏っている赤い着物からひやりとした色香を感じる。  間違いなく相模辺路で一番美しいのは貂蝉だ。そして如月をクソ野郎と罵れるのも、貂蝉だけだろう。  そんなことを考えていたら、手際よく刻みを詰めた煙管を差し出してきた。そして、呆れたように眉を顰める。 「中身のありかはお前が責任持って探せ———と言いたいところだが、馬鹿どもに仕事を任せた責任もある。あたしもそこらの妖どもに聞いてやるよ」 「相変わらず気分屋さんだねぇ」  そう言った瞬間、煙管が引っ込められそうになったので、慌てて受け取った。  さて、どうしたものか。思案に耽りながら吸う煙管は美味いものではなかった。
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