忌み神の匣

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 薄く煙る視界の先にはあの箱がある。「仕方ないから関所で預かっておくか」と呟いた貂蝉は、何かに気付いたような表情を浮かべて、突然鼻を近づけた。 「昔に感じた臭いと違う」 「臭い?」 「ああ、神示協会の中に御身体があった時は、もっとこう‥‥沈香に炭を混ぜたような品のある匂いを感じていたのだが、今は魚が腐ったように生臭い」 「そりゃそうだろ。海に沈んでたんだから」  はっはっ、と声を上げて笑うと、貂蝉は途端に難しそうな顔をした。 「あたしを舐めてんのか?」  と、圧をかけられ、慌てて口をつぐんだ。 「どうやらこの数百年のうちに、色々食ったようだねぇ。魚の臭いに混じって、人間の臓物、神核から流れ出る血。喉を掻きむしるような欲望の臭いもする」 「つまり、禍津神は神殺しになったと」  貂蝉は唇に指を当てて、考え込むような素振りを見せる。俺もまた煙管を咥えながら、ガシガシと頭を掻いた。考えれば考えるほど最悪な事態だった。  その数ヶ月後。  如月が坊ちゃんと出会い、そのあとすぐに『願いを叶える如来像』の噂を仕入れた。しばらく調べを進めると、正しくは如来像を見たものはいないけれど、この地に根付く『願いを叶える信仰宗教———神示教会』の御身体を見付ければ、願いが叶うという噂だった。もちろん、神示協会も御神体も手元にない。にも関わらず、その噂を信じてこの地を訪れるものが後を絶たなかったのだ。  なにかがおかしい。そう思い始めた時期に突如として『忌の神』が現れた。貂蝉は彼から『箱』と同じ生臭さを感じ取ったが、体臭が強い妖ものも珍しくないうえに、慧眼を通しても悪意が見えず‥‥むしろ、澄んだ心を持つ少年のような印象を得たので、街へ入ることを許可した。
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