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「まぁ、過ぎたことをとやかく言っても意味が無い」
白檀香にそう言われ、首の後ろが重くなった気がした。駿河七神の落ち度などと言い訳をしても、禍津神を取り逃したのは自分の所為だとわかっている。
あの日、如月が屋敷へ来る前、教祖は俺に向かって「あの箱は燃やした」と言った。
いくら邪神を信仰していたといっても、清らかな心を持つ桜子の父であり、慈悲深さを持つ人間である。だからこそ反省の姿勢とともに腹を括ったんだと思った。それが間違っていた。もっと言えば情けを掛けていたのかもしれない。
「おい、一迦道、もしや電氣ブランにやられたか?」如月の声で我に帰る。
「‥‥‥‥この間は悪かったな。お嬢の前であんなこと言って」
なんだか気まずくて、前髪を弄りながら言った。キサラギは驚いたように目を見開いたあと、俺に向かってふわりと笑う。
「俺は過去は振り返らないんでね、もうどうだっていいのさ」
「こいつは三歩あるけば大抵のことは忘れるからな、昔の女以外」
白檀香は意地の悪そうな笑みをもらした。朝顔を描いた扇子を口元にあてて、流し目で如月を見つめた。
「桜子と別れてから百年以上、そろそろ後妻を迎えたらどうだ?」
「嫌なこった。後妻なんて作ろうもんなら、また東山神にあーだこーだ言われる」
如月はそう言ったかと思うと、畳に手をついて立ち上がった。「神格だけはご立派な野暮どもめ‥‥」と吐き捨てて、箪笥の引き出しを開ける。
行燈の灯りの中に浮かぶ、浴衣から出た白いキサラギの手、そこには茶色く薄汚れた封筒が握られていた。
「おいおいおい、それ寄り合いの差紙だろ‥‥亜久莉のやつに持たせなくて良かったのか?」
表に書かれた、駿河七神各位殿———という文字を見て、俺は慌てて言った。燈心楼で行われる神謀りは、中部地域、つまり東山地方の神々が一同に会する寄り合いだ。
相模辺路を使う神は参加しなければいけない規則になっているのだか、如月は百年以上前から出席を断り続け、今回は亜久莉を代理人として送り込んでいた。
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