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アイリーネが病室を出て王宮内を歩き回れるようになると、あちこちで黄色い悲鳴が上がるようになった。
「至るところでおまえの武勇伝が語られてるからなあ。愛らしい姫君を身を挺してお助けした、幼なじみの美しき女騎士〝漆黒のハヤブサ〟……」
「や、やめてよ」
「毒に倒れた女騎士を、姫君が自ら手がけた解毒薬で救ったっていう劇的な展開も評判で、戯曲にするために有名な劇作家が脚本を書いてるらしいぞ」
「えぇ……」
「設立が発表された薬学研究所にルーディカさんが携わって欲しいって声も多いし、おまえには勲章が授与されるそうだし、これからも二人は注目の的だな」
アイリーネが沈んだ表情を浮かべたことにフィンは気づく。
「リーネ?」
「……本当はフィンがイドランを倒したのに……」
王家との係わりを覚られることがないよう、公表された襲撃事件の顛末のどこにも〝秘密の王子〟であるフィンは登場しない。
フィンは可笑しそうな顔をした。
「そんなの、どうだっていいだろ」
「でも、王女の暗殺を企てた犯人を取り押さえたなんて、それこそ勲章もののお手柄だよ。勇ましい異名が付けられて、国じゅうで讃えられるほどの……」
「武勲は別の機会に立てるつもりだし、異名なんて要らねーし」
ふと、フィンは何かを思い出したかのように呟いた。
「あ、異名なら俺にもあったな。えっと……」
不思議そうなアイリーネに、フィンはニヤリと笑う。
「そうそう、〝懐かない仔犬〟だ」
アイリーネはうろたえた。
「そっ、それは……あのころのフィンが物凄く無愛想だったか……」
笑みを浮かべたまま、フィンはいきなりアイリーネの肩を抱き寄せる。
「んっ……!?」
不意打ちで唇を重ねられ、アイリーネは目を見開いた。
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