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キールトの感心したような声に誘われて、アイリーネも視線を向ける。
フィンは、仕立ての良い柔らかなシャツに袖なしの青い上着を羽織り、太股のあたりがやや太くなった長い脚衣を身に着けて、商人の息子らしく仕上がっていた。
「あー、うん。苦労知らずのお気楽坊ちゃんって感じ」
アイリーネの挑発的な感想に、今度はフィンが不穏な表情になる。
「二人とも、隙あらば喧嘩を売り合うのはやめろよ……」
キールトは呆れ声で仲裁すると、てきぱきと指示を出した。
「じゃあアイリ、フィンと席替わって。フィン、僕たちはしばらく窓の外を見てような」
「喜んで!」
嫌味たっぷりにそう言いながら席を移ったフィンをひと睨みし、アイリーネはごそごそと着替えを始めた。
片方の窓側に腰掛けているキールトは、ごく自然な姿勢で流れていく車窓の風景を眺めているが、その反対側に座るフィンは、上半身を思いきり外の方へと捻り、窓にくっつきそうになるほど顔を近づけて、「見たくもねえし」をあからさまに体現していた。
「――き、着替えた……けど」
「おお、いいな……!」
商家の新妻に変身したアイリーネを目にしたキールトは、声を弾ませる。
「まさに素敵な若奥さんって感じだよ、アイリ」
「そっ、そう……?」
一つに括ってあった黒髪をほどき、襟元を深く刳った白いブラウスの上に更に大きく襟ぐりが開いた袖なしの赤い胴衣を重ね、同じ色の長いスカートを穿いたアイリーネは、居たたまれなさそうに衣装のあちこちを引っ張った。
「これ……なんかちょっと……」
胸元が強調されているような着慣れない服装に、恥ずかしいと言葉にするのも恥ずかしくて、アイリーネは口ごもった。
「いやいや、しっくりきてるって。なあ、フィン?」
キールトが声を掛けると、黙っていたフィンはハッと我に返ったかのように瞬きをした。
「あ……。か、かろうじて女に見えるかも知れませんね」
ムッとするアイリーネをキールトは取りなすように言った。
「アイリ、麗しいご婦人がそんな顔するなよ。フィンも突っかかるような物言いはもうよせ。今日からしばらく二人は夫婦なんだから。な?」
「……最っ悪」
アイリーネが毒づくと、フィンも「本当にな!」と言い放った。
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