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「なんで俺は〝フィン〟のままなんだよ。隊長ヌケてねえ?」
アイリーネが横から覗くと、巡礼証には〝フィン・ケラン〟と書かれていた。
「まあ、フィンってのはよくある名前だし、お前たちが喧嘩になると、うっかり本名で呼び合っちまいそうだからじゃないか?」
キールトの推測に、フィンは納得いかないような顔をする。
「だったら、アイリーネも本名でいいじゃないっすか」
「うーん、アイリは数少ない女騎士で、地域によっては異名つきの有名人だし……特徴的な黒髪と名前が一致するのはまずいから、変えた方がいいってことになったのかもなあ……」
そこでふと、キールトは何かひらめいたような表情をした。
「そうだ、フィンの方からはアイリのことを愛称で呼ぶようにしたらいいんじゃないか?」
「……愛称?」
眉を顰めたフィンに、キールトはにっこりと微笑んだ。
「本名の〝アイリーネ〟と、偽名の〝フィリーネ〟に共通する部分を取って、〝リーネ〟なんてのはどうだ?」
アイリーネがびくりと肩を揺らす。
「キールト、それ……っ」
心なしか頬を赤らめておたおたするアイリーネを、フィンは目を眇めて不可解そうに見た。
「この呼び方だったら、〝漆黒のハヤブサ〟を思い起こさせることはないだろう。それに、〝リーネ〟って何だかこう、愛する妻を呼ぶのにふさわしい、優しい響きじゃないか?」
妙案だとばかりに愛称呼びを推しまくるキールトに向かって、アイリーネはうろたえながら「ばっ」「なっ」「やめっ」と言葉にならない声を上げた。
「ふーん……」
フィンは慌てているアイリーネをじっと眺めて少し考えると、にやりと意地悪そうに笑った。
「そうしよう」
アイリーネが驚愕したように目を見開くと、フィンはいっそう愉快そうな顔になった。
「よろしくな、リーネ。我が妻よ」
◇ ◇ ◇
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