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日照時間がぐんと伸び、旅人が増える季節だということもあり、三人の宿探しは予想以上に難航した。
夕食を後回しにして街じゅうを歩き回り、宿屋や宿坊付きの修道院を片っ端からあたってみたが、どこもかしこも満杯で宿泊を断られてしまった。
「ああ、二階の端に一部屋だけ空いてるけど、ずいぶん狭いよ。それでもいいならどうぞ」
ようやく、市壁の際の、あまりひと気のない一画で見つけた居酒屋を兼ねた宿屋でそう言われたとき、疲れ果てていた三人の目には無愛想なおかみが女神に見えた。
「ケラン夫人、同じお部屋を使わせていただいてもよろしいでしょうか?」
おかみの目の前で芝居が始まった。
神学生キーレン・マロイドに礼儀正しく伺いを立てられ、商家の跡取り息子フィン・ケランの新妻フィリーネは鷹揚に頷く。
「ええ。困ったときはお互いさまですもの。構いませんわ、神学生さま」
庶民の旅人にとっては、相部屋で宿泊するのはおろか、やむを得ず初対面の客同士が広い寝台を分け合って使うようなこともないわけではない。
大抵の貴族の令嬢にはそんな経験はないだろうが、アイリーネは修行時代から雑魚寝には慣れているため、軽く考えていたのだが――。
「嘘だろ……」
フィンが呻き声を上げた。
「想像以上だな……」
キールトも困惑気味に呟く。
一階の居酒屋で夕食を済ませている間に準備してもらった部屋の中を、三人は呆然とした表情で眺めた。他に立っていられる余地などないので、扉の内側に背中をくっつけて、横並びになりながら。
天井が斜めになったその窮屈な室内には、大人三人が詰め合ってやっと横になれるくらいの幅の寝台が、どうやって運び入れたのか見当もつかないほどぴったりとねじ込んであるだけだった。もちろん、誰かが床で寝られそうな隙間も全く見当たらない。
「お……俺はどっかで野宿を……」
荷物を抱えたまま出ていこうとするフィンをキールトが制する。
「市街地で野宿なんかしたら取り締まられるぞ。目立つ行動は厳禁だ」
アイリーネにも戸惑いはあったが、気を取り直すようにして言った。
「寝具は清潔そうだし、戦場に比べたら上等だよ」
とにかく、今日の疲労を明日に残さないよう身体を休めなくてはならない。
驚いたように瞳を揺らすフィンと、「まあ、仕方ないよな」と苦笑するキールトに、アイリーネは朗らかに微笑んでみせた。
「汗かいたから、階下でお湯もらってくるね」
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