6 チェドラスの宿

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6 チェドラスの宿

「平穏な巡礼の旅に」  キールトが持ち上げた杯に、フィンは黙って自分の杯を軽く当てる。  先に旅の汚れを落とした男二人は、アイリーネが身体を拭き終えるまで一階の居酒屋で待つことにした。  外観はずいぶん寂れた店に見えたが、中は常連客たちで程々に賑わっていて、抑え気味に話せば会話を盗み聞きされるようなことはまずなさそうだった。 「フィン、明日から僕とは別行動になるけど、できるだけ〝嫁さん〟と仲良くな」  フィンは杯を下ろし、静かに口を開く。 「……気にならないんすか」  不思議そうな顔をしたキールトに、フィンはぼそりと呟いた。 「元婚約者と他の男が二人きりで旅するなんて」  キールトはふっと微笑んだ。 「気にはなるさ。アイリは幼なじみで親友だし、きょうだいみたいな存在でもあるからな。まあ、くれぐれも無体な真似はしてくれるなよ」  フィンは苦笑いを返す。 「あの強者(つわもの)に、誰がそんなふうに手出しできるっていうんですか」 「――拒まれなかったら?」 「……は?」  心の内を見透かそうとでもするかのように、キールトは翠色の瞳でフィンをじっと見つめた。 「もし、アイリが許したら?」  フィンは唇をきゅっと結んだ後、笑顔を浮かべた。 「ないっす。ないない。俺、あいつには絶対に欲情しないし――」  ついとキールトの視線がフィンの背後に移る。つられてフィンが振り返ると、そこには気まずそうな顔をしたアイリーネが立っていた。 「……あ、あの、神学生さま、明日詣でる予定のチェドラス大聖堂について、いくつかお訊ねしたいことが……」  席を立ったキールトとアイリーネは壁際でひそひそと何やら言葉を交わし、すぐに戻るとフィンに告げると、連れ立って階段を上がっていった。 「――旦那、ずいぶんと寛大だねえ!」  ひとり残されたフィンに向かって、少し離れた席で仲間たちと酒を酌み交わしていた赤ら顔の中年男が、身を乗り出してからかうように声を掛けてきた。 「さっきの黒髪の別嬪(べっぴん)さん、あんたの嫁さんだろぉ? 神学生とはいえ男と二人っきりにさせちまって、気になんねえのかい?」    ◇  ◇  ◇
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